塾長日記

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なんか最近おかしい
2012/06/14

 寒い初夏だ。我が家では朝と晩に床暖が入る。今年の冬の大雪といい、この寒さといい、何かおかしい。

 おかしいと言えば、我が政権党・政府がその極みかもしれない。消費税増税に突き進む様子は、財務省の出先機関と化した感がある。3年前に国民に約束した「反」増税方針を厚顔無恥にも捨て去り、「税と社会保障の一体改革」と言いつつも、実際は社会保障改革はほぼすべてを棚上げし、何かに取り憑かれたかのようになりふり構わず増税一本をごり押しする様(さま)に、毎日呆れ、怒り、悲しく、絶望的な気持ちになる。

 財務省(旧大蔵省)には、したたかな歴史がある。なにしろ1200年前に日本に律令制度が生まれたとき以来国家の財布を握り、一度も手放したことがないのだから。明治になって大宝律令が廃止されたが、大蔵省は名称を変えながらも生き残り「官庁の中の官庁」として国家中央に君臨してきた。もっともこの役所の仕事は、税金を取り上げることと役所と役人の利益を守ることだけと言って良い。1200年にわたって受け継がれたその「DNA」は、理念も性根も据わっていないチンピラ政治家はもちろん、時の首相や大臣を牛耳ることなど朝飯前。言うことを聞かなければ、あの手この手で政治家を「追放」することも厭わないできた。

 消費税増税に理など全くない。現政府・政権党は、「国家予算10数兆円に群がるシロアリを退治しない増税」に反対することをマニフェストに掲げ政権の座に着いた。しかも、4年間は増税の論議すらしないと明言して政権を奪取した。しかし、シロアリ=「国家予算に寄生する天下り組織・官僚」は一匹たりとも退治されていないのだから、増税する根拠を失っている。さらに、このデフレ=経済不況の中での増税、しかも、震災被災地の住民をも課税対象とする増税によって一体経済が好転するのであろうか? 否、国民の消費マインドの停滞と実際の消費の手控えによっていっそうの不況が進行するであろう。
 増税を推進する政府・財務省は、マニフェスト違反を合理化するために、日本はギリシャ同様破綻の危機にあるから財政再建は「待ったなし」だと強弁するが、外国への負債がほとんどない日本と外国から借金しているギリシャでは全く事情は異なる。もし「待ったなし」を言うのであれば、それは「シロアリ」を完全に退治することであろう。財務省に関心があるのは、国民の福祉ではなく、シロアリをノウノウと生かし続けることだ。まさに、財政再建の障害物でしかない。

 大人は子供に嘘をついてはいけないと言う。その通りである。政治の世界での嘘は例外ではない。マスメディアが、マニフェストを守ろうとするのを「原理主義」と呼んで、「嘘」を奨励する。マスメディアが原理を投げ捨てたときに残るのは一体何だ!
 増税が必要ならば、そのためのマニフェストを新たに掲げ、国民の信を問う、すなわち、増税を決定する前に衆院を解散すべきだ。しかし、国民の8割は増税を望んでいない。ならば、政権党は増税を撤回し、任期中はマニフェストの実現を、「待ったなし」で進めるべきであろう。しかし、今の流れは、嘘つきがマスメディアも総動員して、正直者に馬鹿を見せつけることになりそうだ。

 セ・パ交流戦は終わりに近づいたが、優勝はジャイアンツとロッテに絞られた感がある。我がファイターズにも目はあるが、斎藤を擁しての昨日のジャイアンツ戦の敗北が痛かった。自力優勝はないが、残りすべてに勝利して、「奇跡」の逆転優勝といきたい。奇跡は起こすものだ!

マスメディアを憂う
2012/06/05

 先週、東京で「第19回東進全国大会」があり、我が函館杉並校は3部門の表彰を受けた。そのうち、「新年度継続率部門」と「全国統一高校生テスト部門」では、全国最優秀の表彰となった。とても光栄なことであり、生徒諸君の高い向学が評価されたと受け止めているが、ご理解とご協力をいただいた保護者各位、高校の諸先生方に心から感謝申し上げたい。さらに、裏方として奮闘した我が校職員の努力を多としたい。

 ところで、OB諸兄からマスメディアの劣化を憂う声が寄せられている。まさしくその通りだと思う。 日本の財政事情とギリシャの財政破綻を同レベルで論じ、「一刻の猶予もならない」と真実でない危機をあおり、だから消費増税を、と世論誘導する多くのマスメディアの劣化はいささか常軌を逸していると思う。

 野田首相へ―自民との協調が優先だ(朝日)
 野田・小沢会談 「もう一度」は時間の浪費だ(読売)
 元代表と平行線 首相、早く見切りを(毎日)
 野田・小沢会談 首相は「本気度」を見せよ(産経)
 首相は自公との連携へ踏み出すときだ(日経)

 これは、消費増税を進める野田首相とそれに反対する小沢前代表との2回に渡る会談についての全国5大紙の社説である。何たる腐敗、怠慢であろうか! 5大紙は一斉に増税に荷担し、かつて太平洋戦争を賛美した「翼賛」報道と同じ轍を踏んでいるのだと、軽蔑、怒りを超え絶望感すら抱いてしまうのは自分だけだろうか?

 マスメディア、とりわけ「報道」の果たすべき使命は、権力の監視・検証であろう。選挙で信任されていない現政権には、増税という国家の重大な選択をする資格がない。まして、同じ民主党の前政権は2年前に消費税増税を掲げ、大惨敗を喫した政権だった。「報道」は、なぜ、この2代に渡る政権の正当性を、増税を論ずる正当性の是非を問わないのだろうか?
 まして、3年前の政権交代の公約は、「シロアリ退治なき消費税増税は行わない」であったはず。今、堂々と公約を踏みにじる政権を前にして、その批判を行わないどころか、一斉にその応援団と化した「報道」・マスメディアを持つ国民はなんと不幸なことか! マスメディアのノブレス・オブリージュなどどこを探しても見つけることはできない。

 これからマスメディアを目指す大学生諸君、受験生諸君、君たちにこそマスメディアの再生がかかっているのだ。真の危機を告げ、権力の監視・検証を根本的な使命と自覚し得るマスメディアに変えられるのは、君たちだけと心得よ。

 ところで、先場所の白鵬の後半戦は気合いが入って、横綱らしく堂々としていて納得できた。さすがに琴欧洲のずっこけで優勝の目がなくなって、千秋楽は力なく負けてしまったが、6大関との連続対戦で5連勝を続けた。立派だった、白鵬!

白鵬、がんばってくれよ!
2012/05/16

 白鵬が変だ。初の6人大関の場所とはいえ、白鵬とは力が違いすぎる。まして、大関以下は問題にならない。なのに、大関以下と9番取って早くも4敗、昨日は大関・鶴竜に圧勝したものの、これまでとは余りにも違いすぎるのだ。

 仕事の都合上、ニュースでしか見られないのだが、今場所の白鵬は体が小さく見える。特に上半身が細く見える。多分、稽古のし過ぎとか場所前の調整の失敗ではないだろうか。それに、白鵬ならではのどっしりとした安定感が少し欠けているように見える、などと心配していたところ、初日の安美錦戦で左手人差し指を剥離骨折していたことが判明した。マワシがつかめない!「右四つ」の白鵬は左上手で相手のまわしを手繰(たぐ)る。左手指の骨折は手繰ることの大きな障害になってしまうのだ!にしても、何か変だ。精神面の問題があるかもしれない。一人だけで2年以上も横綱を張り、連勝記録に挑戦し、いい加減参っているかもしれない。師匠との軋轢も聞こえてくる。
 それでも、あと5日間、すべて大関戦だが、強い白鵬を見せつけて欲しいと願っている。こんな願望は、ファンの無責任さ、わがままさ、と知りつつも。

 昨5月15日は、沖縄返還から40年の節目。未だに、在日アメリカ軍基地面積の7割以上が沖縄県に集中し、米軍関係者の犯罪が止むことがなく、本土との経済格差も是正されてはいない。40年前、時の日本政府が言った「核(核兵器)抜き本土並み返還」は明らかに嘘だったし、これからそうなる保証などどこにもない。
 もし、我らが日米安保条約と「日米同盟」やらを安全保障の要と信ずるならば、沖縄の基地負担を具体的に軽減する、すなわち、少なくとも1都道府県に最低ひとつは米軍基地を受け入れる、沖縄の経済発展のために大々的な特別予算を組み、その税負担を引き受けるなどの決意をすべきだ。しかし、必要なのは、恐らく日米同盟を是とする日本政府の意を汲んだマスコミの執拗なキャンペーンで、なし崩し的に「国民の総意」と化した「日米同盟」の可否を、米軍基地存在の可否を、沖縄返還の行われた40年前以上に真剣に考え直すことではないだろうか。

大学生に言いたい!
2012/05/09

 毎年、この時期になると憂鬱な事故が起こる。大学の新入生が飲酒で病院に搬送されたり、場合によっては死亡する新聞記事を目にする。つい一昨日も、小樽商科大学で、飲酒したアメリカンフットボール部の学生9人が病院に搬送され、新入生1人が重体となったそうだ。搬送された9人のうち、男子は4人で残り5人は女子マネジャーだそうだ。警察が調査に乗り出し、酒を無理矢理飲ませていなかったか、傷害容疑での立件も視野に入れているとのことだ。

 先輩が新入生歓迎の宴を催し、飲食でもてなすのは、今に始まったことではない。自分の時も、4月、5月で10回はあったように記憶している。幸い、自分は家系的に酒に強く、酔わせて潰そうとした先輩を逆に潰してしまった。(大して自慢するほどのことではないが。)当時、せっかく苦労して医学部に入学した新入生が、初めて飲まされた酒で意識朦朧となり、病院に搬送される途中で亡くなったことがあった。

 実は日本人の4割が酒を受け付けない体質なのだ。アメリカ映画では、グラスいっぱいに注がれた酒を一気に煽るシーンがよく見られるが、日本人はアルコール分解能に優れたアメリカ人のようなわけにはいかないのだ。

 「先輩の酒は飲めないのか!」、「一気に飲まないと罰ゲームだぞ!」とばかり飲酒を強要するのは、明らかに間違いだ。楽しくない酒、いやいや飲む酒ほど鬱陶しいものはないし、場合によっては「毒薬」と化してしまうことさえあることを、宴席の主催者と参加者は知るべきだ。無理やり飲ませない、無理に飲まない、ということを大学時代から心得て欲しいと思う。

 ところで、就職活動の失敗を苦にしたとみられる若者の自殺が、去年1年間で150人に達し、自殺の原因を分析し始めた2007年から2.5倍に急増した、と警察庁が公表した。
 せっかく大学に進学しても、就職難でさぞかし大学生の気苦労は絶えないことと思う。周りが決まっていくのに、自分だけがどこからもお声がかからない。自分の将来はどうなってしまうんだろう。気持は痛いほどわかる。
 しかし、少し考えて欲しい。大企業への就職だけが全てではない。名の知れた有名企業やお役所に入ることが幸せの全てではないし、人生の勝者になったわけではない。自分を、自分の人間性を、自分のなにかしらの能力を必要としてくれる企業はかならずある。自分を大事にしてくれ、のびのび仕事をさせてくれる会社、職場はそれだけで素晴らしい。「中小零細」だって構わないじゃないか。自分の持てる力が社会にとってたとえ僅かでも役に立っているのであれば、多分、それは人間にとって最高の幸せなことだと思う。

 やれ「コミュニケーション能力」だ、「問題発見能力」だ、「問題解決能力」だ、と大企業様は振りかざすが、その大企業自身にそんなだいそれた能力がないことは、あの「リーマンブラザーズ・ショック」以降の経済不況で大企業が行ったことといえば、派遣切り、首切りであったことを思えば明らかだ。そんなスローガンに合わない学生などいらないという企業などこっちから願い下げだ、という気概を持って、全国の大学生諸君よ、がんばろうじゃないか!

春に思う
2012/04/25

 函館はやっと春めいてきた。教室の暖房が7ヶ月ぶりに止まり、窓を開けて外気を入れるほどになった。桜はまだ先だが、昨年から今年にかけての特別長く、寒く、雪が多かった冬からやっと解放され、なにかそれだけでもウキウキするような季節になった。

 さて、TPP(環太平洋経済連携協定)だが、自分は無条件で参加反対だ。いくつか理由があるが、第1に、このTPPは、間違いなく実質的にアメリカだけがルール決定の主導権を持っていることだ。日本は、政治面・軍事面ではアメリカ主導の日米同盟を維持する以上、経済だけ対等ということにはならないからだ。
 第2に、現在の円高が続く限り、いくら関税が撤廃されたとしても輸出に有利には働かないからだ。
 第3に、自主的に関税を掛けられないことで、日本の農業はおそらく壊滅してしまうからである。そもそも「関税自主権」は放棄すべきではない。関税自主権が奪われた、明治のあの不平等条約を改定するのに要した年月を想起せよ。。
 第4に、国民皆保険制度など日本が独自に実施している施策のことごとくが、ISD条項(投資家対国家間の紛争解決条項)に基づく訴訟によって廃止される可能性が大きいことだ。郵貯、簡易保険など確実に狙われるだろう。

 要するに、国内市場が十分大きく、政治的、軍事的に他を寄せ付けない強大国アメリカが、アメリカ自身の制度のことごとくを他国に飲み込ませ、経済、文化の全てを牛耳ようというのがTPPといって良いのだ。グローバリゼーションという美名のもと、アメリカ型資本主義で、まずは環太平洋圏を席巻しようというわけだ。結果は目に見えている。日本の「小泉改革」を始めフランスのサルコジ政権も採用し、「富の格差の拡大」と「大量の社会的弱者」を生み出し、ことごとくが失敗した「新自由主義」経済を再度アメリカ主導でばら撒こうとしているからだ。

 真のグローバリゼーションとは、アメリカの制度をそのまま世界の制度にすることではない。国家、民族の歴史と伝統、制度を互いに尊重し、友好関係、経済協力、人事・文化交流を築くことが目指されるべきだ。とはいえ、グローバル化の大波はそんな牧歌的な意見などすべて飲み込みながら押し寄せてくる。したり顔で、「自由化」賛成などとTPP推進派の肩を持っていたらどうなるか、ここは賢明な判断が求められよう。

 全く話が異なるが、ダルビッシュが対ヤンキース戦に先発し、一点も与えずに8回1/3を投げ、勝利投手になった。A.ロドリゲスからゲッツーを、ジーターから三振を奪ったし、もうダルビッシュ最高!

打て、ホームラン!
2012/04/18

 プロ野球の開幕を心待ちにしていた。自分では殆どやらないし、勤務時間の関係でテレビ観戦もあまり出来ないのだが、ニュースは真っ先にプロ野球、仕事以外の話題の中心はプロ野球といった按配だ。北海道人ということで、もちろん日本ハムを応援しているし、「巨人・大鵬・卵焼き」世代だからジャイアンツも気になる。勝っては喜び、負けたら負けたで敗因を分析し、監督になったつもりで明日以後の作戦を練る。ま、ファンというのはこんなものだろう。

 ところで、開幕から80試合消化した段階だが、なんと25試合が完封試合(負けたチームが1点も取れない)なのだ。1年間のペナントレースの完封率はせいぜい15%程度なので、今のところ2倍程度ということになる。素晴らしいピッチャーが投げて、1点も与えない試合は野球の魅力の一つであることはいうまでもない。しかし、どうもピッチャーが良くて完封と言うよりは、昨年から導入された「飛ばないボール」=統一球と広がったストライクゾーンによりバッターが随分不利な状況になっているらしいのだ。特に、一昨年までホームラン、長打を打てたパワーヒッターが「被害」に合っているらしい。

 全球団が同じ規格のボールを、それもできるだけ大リーグ使用球に近い規格のボールを使うことは、プロ野球の公平、公正さにつながり、国際化を促進する上で必要だ、という趣旨に表立って反対する理由はない。しかし、はっきり言って、野球がつまらないのだ。「打てない」野球は、必然的に守り中心の「スモールベースボール」に向かう。バントが駄目なのではない、スクイズが嫌なのでもない、スコアリングポジション(2塁、3塁に走者がいる)からの単打で走者を返すのも野球だ。だが、華がないのだ! ワクワクする瞬間がないのだ! 一発で試合がひっくり返る、「筋書きのないドラマ」=野球の魅力がすっかりなくなっているのだ!

 そうでなくとも、我先にと大リーグに飛び出す選手が多くなり、日本プロ野球は明らかにつまらなくなっている。面白くするにはバッターに頑張ってもらう他ない。統一球初年度の昨年は西武の中村、ソフトバンクの内川を除けば、バッターのほぼ全員が情けない結果となった。2年目の今年はどうかと思っていたが、期待はずれで昨年と変わる気配はない。監督、コーチはもちろんバッター自身に工夫の跡は感じられない。プロならば必ず克服しなければならないはずだ。そうでなかったら、いつまでも統一球のせいにするのであれば、プロはやめるべきだ。尊敬する前中日監督の落合氏が、「打てないのは統一球のせいでなく、ボール球に手を出すからだ。」と喝破したが、全く同感である。好球を真芯で捉えるという原点を忘れてはならない。

 注目しよう、統一球を克服しホームランを量産し、打率を向上させるバッターになるのは誰かを。彼らこそ、日本プロ野球の救世主となるだろう。

大いに憂う。
2012/04/06

 東大合格者数、1名なり。
これが30万都市函館の今年の大学受験の現実だ。東大だけが大学じゃない、という意見も聞こえてきそうだが、東大に合格者を生み出せないのが我が街のありのままの姿だ。人口10万余りの町でも二桁合格を出している例があるのに、情けない限りだ。

 早いもので我が受験屋稼業も30年になろうとしている。特にこの10年間で、街全体の大学進学「力」というべきものが確実に落ちてきているというのが実感だ。例えば、東進サテライブに「高等学校対応数学講座」というのがあるのだが、この中の「上級編」は、最近ではいわゆる受験校の学年上位者ほんの数名がこなせる程度だ。15年前は上位50名が、10年前は上位15名がこなせていたことから考えると、学力は確実に落ちてきている。他の教科でも、国語、理科にその傾向がはっきり見て取れる。
 
 
 東大に10名出す力があれば、医学部に30名、北大に100名以上出す力が育つ。受験とはそういったものだと思う。
 だが、最近では東大を目指す高校生にお目にかかることが殆どなくなった。見込みの有りそうな高校生に東大受験を勧めると、決まって「いや、いいです」という答えが返ってくる。どうやら東大は恐れ多いらしい。「何を言っているんだ、東大は天才だけが行く大学じゃないぞ、将来への大きな夢や希望があるならば、最も優れた環境で自分を磨いてこい。」と自分。「いや、遠慮します」と生徒。こんなやり取りをすることが多くなった。


 自分は、函館の発展は企業誘致でも、医学部誘致でもなく「教育立市」であると思っている。優秀な人材を育て、中央で学ばせ、活躍させる。彼らの作る優れた業績とネットワークと函館がつながる。また、優れた頭脳と知識が函館に戻る。函館を作るのは紛れも無く「人」である。エリートを育てること、ノブレスオブリージュ(選ばれた者の社会貢献の精神)を鼓舞することに躊躇してはいけない。しがない受験屋風情だが、この気概を持って頑張っていきたいと切に思う。

寒い4月
2012/04/03

 このところ冷たい風、冷たい雨、時折の雪で、何か街に華やいだものがないように思える。五稜郭公園の桜の蕾は固く閉じたままで、4月になったとはいえ、函館の春はまだ遠い。

 そろそろ今の政権党の崩壊が始まるように思う。3年前の総選挙の熱気、政権交代の高揚感が幻であったかのような印象だ。
 「民主党政権は程度の悪い自民党政権」、「学芸会のような政権運営」とはよく言ったものだ。マニフェストを次々投げ捨て、知らんぷりする傲慢さ、恥知らずぶりを見せたかと思えば、今度は頼んでもいないTPP参加に、シロアリ退治なき消費税増税だ。大震災の瓦礫の広域処理、原発事故の補償、被災地の復興、沖縄の基地問題はほとんど手付かずといってよい有様だ。政権交代に託した国民の純朴な期待と願いは完全に踏みにじられた。
 恐ろしいのはマスコミだ。何ら検証することなくTPP参加をそそのかし、消費税増税をこぞって煽り立てる。原発の是非を深く掘り下げる姿勢すらなく、普天間基地問題は他人ごとだ。世論調査と称して、ほんの数千人の電話アンケートを、あたかも国民全体を代表しているかのように誇張し、もし、マスコミが期待した数字でなければキャンペーンを張って世論を誘導する。安易でしかも悪質なのだ。

 しかし、自戒しなければならないのは、三流の政治家、四流のマスコミを持つ国民もまたそのレベルでしかないことだ。
 「国にお金がないから、増税はやむを得ない」などと、したり顔で賛成する前に、「シロアリ退治なき消費税増税はやらないんです」といって当選した現首相はじめとする閣僚の面々、国会議員に、その裏切りを問い詰めるくらいの気概がなければ、政治とマスコミの更なる低劣化が進むことを知るべきだ。

(参考)2009年衆議院選挙での野田現総理大臣の街頭演説から
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マニフェスト、イギリスで始まりました。
ルールがあるんです。
書いてあることは命懸けで実行する。
書いてないことはやらないんです。
それがルールです。

書いてないことを平気でやる。
これっておかしいと思いませんか。
 
書いてあったことは四年間何にもやらないで、
書いてないことは平気でやる。

それは、マニフェストを語る資格はないというふうに、
ぜひ、みなさん、思っていただきたいと思います。
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この大演説をぶった人間が、今、シレっとして「ルール」違反を犯しているのだ。
これが日本の政治家のトップなのだ!
何党を支持するとかしないとか、消費税をどうのこうのという以前の問題ではないか!

 ところで、日本ハムが好調だ。賛否両論があった斎藤佑樹の開幕投手だが、見事に完投勝利で飾った。スレッジが戻って打線もいい感じだ。仕事が終わってから、ネットで試合結果を見るのが楽しみだ。

吉本ばななのお父さんじゃないよ!
2012/03/17

 吉本隆明が亡くなった。自分たちは、”たかあき”ではなく、”りゅうめい”と呼んでいた。”りゅうめい”でなければならいほど自分たちは尊敬していた。本人はそう呼ばれることはいやだったかもしれないが。

 大学入学当時の自分たちには、どうしても読んで「決着」をつけなければならない3人の作家がいた。第一に吉本隆明、次いで高橋和巳、埴谷雄高だった。
 吉本の詩は浪漫派詩人の難解さをはるかに超え、ページを括るのが苦痛ですらあった。『共同幻想論』、『言語にとって美とは何か』は持って歩くことだけでも偉くなった気がし、多少なりとも議論の輪に入れたときはいっぱしの知識人になった「幻想」に囚われた。もちろん、多分何もわかっていなかったのだと思うし、他の二人の作家同様に「決着」などつけようもなかった。
 文学と評論の人でありながら理系の東京工業大学出身であることに驚き、病弱の奥様の看護に当たられていることに感動し、60年安保の知的アイドルであったことに憧れを抱いた。多分、団塊の世代あるいは全共闘世代の何割かは自分と同じ気持ちで吉本”りゅうめい”を見ていたのだと思うし、その中のほんの5%位が吉本を完読し、多少は評論できていたのだと思う。逆転させた「美にとって言語とは何か」を大まじめに議論し、興奮してつかみ合いをした自分たちはその他大勢の95%組に違いなかった。

 時が巡り、吉本の著書から足が遠のいていたが、1982年、久しぶりに威勢の良い痛快な吉本を見ることが出来た。「核戦争の危機を訴える文学者の声明」に対して吉本隆明が吠えたのだ。西ドイツへのアメリカのレーガン政権の核配備に反対した全世界的、全国的な「反核」運動への日本の文学者たちの共同声明だったが、吉本は、文学者が「全人類を代表して反対する」ことに対して、「君たちはいつからそんなに偉くなったのだ」と、次いで「文学は個人の営為なのに集団の言葉で語ることは腐敗である」と。あまり正確でないが、そんな内容を語ったのだ!さらに、「お前ら全員を敵に回しても一人で戦ってみせる」と。
 借り物でない自分の言葉で自分の思想を語ること、生活者の生きた言葉で語ること、学生時代に「決着」をつけられなかった吉本だったが、少しいらいらしながらもどこか楽観的な”りゅうめい”節に触れ、体が震え、こうはしていられないなあ、お前は何をぼーと暮らしているんだ、と頭をかきむしりたい思いだった。

 「吉本ばなな」はりゅうめいさんの次女だ。センター試験にも登場したほどの人気作家だ。最近は、吉本隆明は「ばななさんのお父さん」て言われことが多かったが、そして多分、家族を大事にする吉本はその事が嫌いではなかったと思うが、自分にとってはいつまでも「吉本りゅうめい」その人である。

消費税増税に思う。
2012/03/14

 国公立大学の前期日程の合格発表が終わった。当校は、順調な結果となった。中には、「前期勝負、後期鉄板」の受験生もいて、20日からの後期日程の合格発表でもう少し増えるだろうと思う。私大合格と合わせて、今年度の大学入試はまずは勝利宣言を出せるのかなあと思っている。願わくは、東大を目指す生徒とその合格を30万の街にふさわしいだけ生み出さんことを!

 ところで、平成時代は、ある意味消費税の時代でもある。平成元年(1989年)、初めて消費税が導入され、その8年後の平成9年(1997年)に税率5%に増税された。今また、まず税率8%、次いで10%への増税が取り沙汰されている。曰く、「年金などの社会保障費の安定財源のための消費税増税」。

 経済学の難しい話を持ち出すまでもなく、税率アップは経済の停滞=デフレをもたらし、税率ダウンは経済の上昇=インフレを生みやすい。今、日本はデフレであるから、消費税の上昇は、デフレを更に促進するだろう。また、増税によっても国の税収はプラスに働かないのは過去2回の増税経験で明らかだ。
 特に、消費税率を5%に引き上げた橋本政権は、消費増税により5兆円、所得税の増税で2兆円、社会保険料引上げで2兆円、更に、公共事業を4兆円削減したが、合計13兆円の増税+緊縮財政は日本を即座にデフレに突き落とした。税収は増税後の2年間で5兆円のマイナス、逆に国債は16兆円もの増額となった。以降、日本はほんの何年間を除いて不景気と「借金国家」の道を突き進んでいる。平成時代は、消費税と不況と借金まみれの時代である。

 方策は何か?それは、増税ではない!
 第一に、徹底した倹約、第二にデフレからの脱却である。国のお金に群がる役所や天下り先=「シロアリ」を退治し徹底的に「行政のスリム化」を図ること。これと同時進行で、現在のデフレ経済からの脱却と、これによる増収が必要だ。そのためには、現行5%の消費税をゼロにするくらいの大胆さが必要だ。国債発行だって躊躇すべきではない。お金を国民からむしり取るのではなく、お金を稼げるようにすべきなのだ。
 倹約と増収により生まれたお金を、雇用対策、未来型産業、新エネルギー産業へ積極的に振り向けることだと思う。もちろん、かの大震災からの復旧・復興への財政出動により、内需の拡大が図られるのは言うまでもない。

 今、経済専門家、財務官僚が当人以外は誰も理解できない数字と理屈を並べて結局増税の方策を示す。政権党始め、政治家の多くもまたはじめに増税ありきだ。マスコミがまた増税をけしかける。
 古今東西、名君、名宰相といわれたのは、節税と産業振興で国や地域を立て直した人たちであり、安易で無策な増税は、まさに「苛政は虎よりも猛なり」である。三流の政治家、四流のマスコミと学者を持つ国民は不幸である。

 

照れながら・・・
2012/03/05

 ホイットニーの遺作「ボディーガード」を、実は見たことがなかった。もう20年も前の映画だが、先日テレビで見る機会があった。ストーリーはさほどピンと来るものはなかったが、まだ若いケビン・コスナーは十分に格好良く、ヒロインのレイチェル役のホイットニーもそれ以上に魅力的だった。
 
 「塾長日記」に主題歌「オールウェイズ・ラブ・ユー」の歌詞の最初を載せたところ(正確な歌詞かどうか..)、生徒からどんな意味かという質問を受けた。辞書引いたら分かるとは言いつつも、せっかくだから若干英文法と英熟語のレクチャーをしてしまった。職業とはいえ、内心どうかと思いながらも...。

 If I should stay、I would only be in your way.

これは、"if - should-,- would-"の仮定法未来だな。ほとんど現実可能性のない場合に用いられる。「もし万一〜ならば〜するが、ま、そうはならない。」という感じ。
"be in one's way"は重要熟語で、「〜の邪魔になる」って意味。だから...
「もし万一あなたと居たら、あなたの迷惑になってしまうだけ。」かな。

 So I'll go.

「だから、あなたから離れることにするわ」か。

 But I know I'll think of you every step of the way.

"think of"は、「〜のことに思いを馳せる」かな。
"every step of the way"で、「一歩一歩、どんな場面でも」が直訳。
で、「でもね、、きっと、私はいつだってあなたのことを想っているわ。」か、ちと下手か。

"in your way"と"of the way"の二つの"way"が韻を踏んでいる感じかな。

 And I will always love you.Will always love you

これは、敢えて言わなくても、ま、そのまんまだな。

 せつない歌詞だな。映画の内容にはピッタリ合っている。当たり前だが。映画で、ホイットニーの歌を聴いて、また、CDで聴いて、やはり思った。死ぬのは早すぎるよ。

私大合格発表が一段落
2012/02/27

 私大入試は合格発表がそろそろ一段落しようとしている。不況下で受験者数は減っているものの、早慶、明青立法中(最近はMARCHがオシャレらしい)は、難易度はさほど低下しているわけではない。特に、明治は受験者数も三年連続11万人以上を確保し、早稲田を抑えて3年連続最も人気の高い大学となった。女子の受験生が急上昇中と聞く。

 こんな中で、当校は今年も首都圏の難関私大を目指したのだが、結果はこのホームページの掲載通り上々となった。「取りこぼし」はほとんどなく、逆に嬉しい「誤算」がいくつかあった。しかし、誤算と行ってもまぐれではなく、生徒がこの1年間大いに努力し、試験本番では持てる力を十二分に発揮した結果であり、その意味では「順当」なのだと思う。
 一方、国公立大入試が25日、26日に行われた。受験を終えた生徒の様々なコメントを聞きながら、自分なりに手応えを感じ、来月の合格発表を楽しみに待とうと言う気持ちになった。

 ところで、連日の雪かきで、体のあちこちが痛み始めている。除雪した雪の高さが背丈を超え、排雪する場所の確保に頭を悩ませる。昨日は3時間、今日は2時間と除雪効率が落ちている。
 こんなに函館って雪が多かったかなあ、まあ北国だから仕方がない、それに、相手は自然だからなあ、愚痴っても仕方がない、ま、冬場の運動不足の解消だ、などど自分を慰めながら、明日こそ雪かきをしないで済むようにと祈るこの頃である。

オールウェイズ・ラヴ・ユー
2012/02/15

 ホイットニー・ヒューストンが亡くなった。事件性はないというものの、ドラッグあるいはアルコール摂取による浴槽での溺死が疑われている。2009年のマイケル・ジャクソンの奇怪な死から約3年、我々は再び、余りにも悲しく、謎めいた黒人歌手の死に直面した。

 真剣にアメリカン・ポップスを聴かない自分ですら、ホイットニーのいくつかのヒット曲は思い出すことが出来る。"If I should stay、I would only be in your way.So I'll go.But I know I'll think of you every step of the way.And I will always love you.Will always love you"と、空前のヒット曲「オールウェイズ・ラヴ・ユー」の歌詞は少しは出てくるが、当然にも全く歌えない。なぜ、あんなにホイットニーは高く、太く、強く歌えるんだろう。”Saving All My Love For You”は、聴いているだけで浮き浮きした気持ちと、なぜかこうしてはいられないという気持ちになるから不思議だ。今、2枚しかない彼女のCDを繰り返し聴いている。

 報道で知っただけだが、この10年間はドラッグ、アルコール、離婚と、不祥事、スキャンダルまみれだったという。どうして、アーティストは頂点を極めるとドラッグに染まるのだろうか。「奇妙な果実」のビリー・ホリデイを思い出す。時代が違うが、彼女もまた麻薬、アルコール、離婚だった。決して彼女の為にならない取り巻きの男や女、栄光から凋落することへの不安、過去の汚辱への恐怖、いくつか原因が挙げられたが、結局、天性の声を嗄らして死んでいった。ホイットニーもまたそうだ。

 48才の死は早すぎる。ホイットニーの元夫ボビー・ブラウンが「ホイットニー、愛しているよ」と叫んだそうだが、もっと早く、そしていつもそう言って欲しかった。健気にも、年下の夫の嫉妬、暴力から周りが強引に引きはがすまで、ホイットニーは逃げなかった。「愛の歌姫」の必死の愛が、彼女から体力を奪い、精神を蝕しばみ、ドラッグに溺れさせ、あの美しい声を潰し、とうとう死に至らしめるとは何たる皮肉か! 「黒いダイヤモンド」の輝きをずっと見ていたかった。

ダルビッシュ
2012/01/25

 ダルビッシュが日本を去ることになった。1月24日、札幌ドームでは、1万余のファンがダルビッシュの記者会見を見守った。「すごくお世話になり、支えてもらった。北海道から離れるのはすごく寂しい」と言う彼に、ファンは大声援、そして涙で応えた。北海道の日ハムファンの優しさ、寛大さは恐らく世界一と言って良いだろう。この地で7年間投げられたダルも、それを見続けてきたファンも幸せだったと思う。

 だが、「(最近は)野球をする上で、モチベーションを保つのが難しかった。すごい勝負がしたかった。」と、もはや日本のバッターに敵なしと、大リーグ挑戦の動機を述べた彼の恐らく本心に、日本プロ野球の誰からも反発の声が聞こえてこないのは一体なぜだ?「下に見られたくなかった」と述べた彼に「下に見られ」た日本人バッターは、「チクショウ!」と思ってくれただろうか?
 さらに、ファンの優しさ、寛大さは、時には強い選手、強いチームづくりの仇とはならないだろうか? 好プレー、好成績には賛辞を、そうでない時には容赦ない罵倒が、自らの意志でチームを去る者には冷淡な態度が大リーグの常識だが、日本のプロスポーツが世界に対抗するために、必要なことではないだろうか?ふと、そんなことを思いながら、ニュースを見ていた。ともあれ、行く以上は、大男バッター達を時には力で、時には技でねじ伏せて欲しい。

 さて、我が浪人クラスは、全員2次出願準備を終え、「最後の闘い」に臨もうとしている。10ヶ月間、苦楽を共にした我が教え子達の勝利を確信している。

ホームページを全面リニューアル
2012/01/21

 1年ぶりにホームページを全面更新した。ひとり、この方面に強い職員がいて、彼が作ったかなりいいセンスの草案を基に、ああでもない、こうでもないと外野席からいちゃもんをつけながら完成した。今までで一番かなと思うが、いかがであろうか。これを機に、多くの受験生諸君、保護者様、受験関係者様がアクセスしてくれることを期待している。

 大リーガー・ダルビッシュが誕生した。総額100億円近い移籍に伴う金額からも、大リーグ球団の期待の大きさがわかる。日本屈指の投手が、アメリカでどこまで活躍できるかとても楽しみだ。

 それはそれとして、このままだと、日本プロ野球は大リーグの実質的なマイナーリーグとなるのではないかという不安がますます大きくなってきた。
 イチローがシアトルに渡り、巨人のゴジラ松井がヤンキースに移った時に感じた不安、大魔神・佐々木がマリナーズと契約した時の不安はまだ漠然とはしていたが、松坂、岡島、上原、高橋尚、西岡、黒田、福留、川上、斉藤隆、五十嵐、(まだいたかなあ?)今年はこれに、ヤクルト・青木、ソフバ・和田、ムネリンなどが加わる。言い方は悪いが、日本には「カス」しかいない時代がもうすぐ来るのではないか、という強烈な危機感に変わりつつある。
 高額な年棒、テンポのいい試合運び、圧倒的な注目度、大リーグの魅力はそのまま日本プロ野球の魅力のなさに繋がる。
 金満球団の巨人だって、逆立ちしても100億円なんか出ない、だらだらと3時間も続くゲーム、テレビの視聴率も球場の観客もどんどん減っていく有様だ。少し力のある選手が大リーガーを夢見るのはよく分かる。いっそ、正式にマイナーリーグになった方が...。冗談ではない! TPPの野球版はまっぴらごめんだ!

 では、どうしたら日本のプロ野球が大リーグに対抗していけるか。
@日本の野球を強くする。日本シリーズの優勝チームと大リーグのワールド・シリーズ優勝チームとの間で、真の王者を決めるグローバル・シリーズを設ける。優勝チームには100億円を贈る(誰が?)。このシリーズで大リーグをこてんぱんにやっつける。
A交流戦を活発にするために、韓国、中国、キューバなどのチームも参加させる。
B良い選手の年俸をチームだけが負担するのではなく、スポンサーを募集して基金を募る。
C大リーグNO.1の投手とバッターを国債を発行してでもいいから、日本のチームに移籍させる。

ふう、この程度か。今年が、日本プロ野球没落の始まりとならないようにただただ祈る。

センターが終わって
2012/01/16

 緊張と凄まじい重圧、しかもあいにくの吹雪、今年のセンター試験が終わった。一夜明けて、今日は自己採点を集約する日だ。午前中に大学浪人クラスの集計が終わったが、全体としては大健闘だと思う。昨年、現役時に受験したのセンター試験の合計平均点を約140点(900点満点)上回っていた。数学TAがあと少しで平均80点を超えるといううれしい結果もあった。何よりも、全員無事、全力を出してくれたことが嬉しい。この二日間の「戦い」に心から敬意を表したい。夕方からは現役生の集約をするが、浪人生同様に好結果であることを期待している。センター試験が終わって、さあ、二次出願相談、私大入試、国公立二次試験、これから受験屋の一仕事が始まる。

だからどうした!
2011/12/18

 師走の「師」とは、いわゆる「学校の先生」ではないらしい。
 源平時代の「奥義抄(おうぎしょう)」の中に、「十二月、僧をむかえ経を読ませ東西に走る故に師走」とあり、これが師走の始まりではないかという説が有力らしい。師は先生ではなく法師、導師と言ったお坊さんを指すらしいのだ。普段はゆったり構えているお坊さんが走るとは、なかなか滑稽ではある。
 ともあれ、誰も間違いなく忙しくなる12月も半ばを過ぎた。もちろん受験屋の自分も12月23日の「最終プレ」、12月25日からの冬期講習、来年1月14日、15日のセンター試験の準備やら対策やらで右往左往している次第だ。

 去る16日に、東京電力福島第1原発事故に関して、野田佳彦首相は、「原子炉は冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至ったと判断できる」と記者会見で述べ、事故収束の工程表「ステップ2」の完了を宣言した。
 一国の総理大臣にいう言葉でないことは重々承知の上だが、「だからどうした」と言いたい。「宣言する」と言う野田首相の高揚感がどこから来ているのかさっぱりわからない。かの原子炉の炉心がメルトダウンし、圧力容器の底を突き破って出ていき、今一体どこにどういう状態であるのか誰もわからない。解明する測定機も技術もない。そんな状態で冷温停止もへったくれもない。溶けた炉心が地下水と混ざり拡散するかしないかも誰も分からない。一体、何が「収束」だ、何を「宣言」するのだ。
 他方では、生活の場を奪われた10万人以上の人々が、故郷に帰る当てもないまま、不安の中で正月を迎えようとしている。だから、何が「収束」したというのか!

 3.11以降、政府や東電ばかりではなく、国会も含めていわゆる「偉い」大人たちのあまりにも無責任な対応を見せられ続けてきた。誰も責任をとらない、誰も火中の栗を拾おうとしない。「絆」はもちろん大事だが、それをいいことに無為無策を続けるならば、この世界中が感嘆した日本人の「絆」すら瓦解しかねない危機に立つことを責任ある立場にある人たちは知るべきだ。

今井先生の公開授業、大いに盛り上がる!
2011/11/22

 今井先生の公開授業まで待ってくれていたが、とうとう函館は冬になった。昨日朝から降り出した雪のおかげで今年始めての除雪作業となった。途中緩むかもしれないが、来春まで、寒さと雪の少し長い時間を過ごすことになった。

 その今井宏先生だが、自分と同郷の秋田、しかも同じ県立秋田高校卒業ということで、公開授業の前から大いに盛り上がり、高校の校歌を3度、秋田県歌を2度熱唱してしまった。
 公開授業会場には、予想を上回る高校生が集まり、初めて先生を見る人はもちろん、普段サテライブ授業で先生のお世話になっている人も抱腹絶倒となった。しかし、ただ笑わせているだけではない。「受験勉強の王道は基本に忠実であること」をこれほど忠実に伝えようとする先生はいない。自称「熱血派」のまやかしを暴く先生が、実は、心底「熱血派」であることは間違いないと思った。
 2時間近くに及んだ公開授業だったが、あっという間に過ぎた感じがする。参加者の多くが、集中し、楽しみ、大いに向学心に目覚めたすばらしい時間だった。

 同郷といえば、中日の落合がチームを去った。監督8年間で、日本一に一度、リーグ優勝4度、Aクラスから外れたことは1度もなかった。が、何よりも勝ちにこだわり、強烈なプロ意識を持つ彼は、「リーグ優勝して日本シリーズに勝つ」を成し遂げられなかった無念さ、悔しさを忘れることはないだろう。いつか、必ずどこかのチームの監督として「勝たなければ野球じゃない」を見せつけてくれるはずだ。

函館に初雪が
2011/11/15

 ユキムシの予言通り、函館は初雪となった。淡い綿帽子がほんの少しだけ舞って、今日はご挨拶だけですよとばかりすぐに立ち去ってしまった。それでも、もう冬の覚悟が必要だ。

 市内花園町に東進「函館ラ・サール学園前校」をオープンさせた。18年間、杉並町の校舎だけで東進サテライブ授業を行っていたが、ラ・サール高生とりわけ寮生には何かと不便をかけてきた。今度の校舎は、ラ・サール高校から徒歩4分ほどに立地しているので、通塾にはとても都合がよいと思う。学習環境としての開放感と清潔感を心がけて出来た校舎だが、第一ゼミナール伝統の「ピンと背筋が伸びるような緊張感」は失わせたくはない。この新校舎でも、あと2ヶ月に迫ったセンター試験目指しての戦いが始まる。

ドラフトに泣く
2011/11/04

 用事で札幌に出かけた。函館と同じくユキムシが盛んに舞っている。下手に払うと黄色い液が付着するので、手で払いながら歩かざるを得ない。目といわず鼻といわず耳といわずユキムシは容赦しない。このカメムシ目アブラムシ科の昆虫の正式名称トドノネオオワタムシが姿を消す頃、北海道は初雪を迎える。今年は、白い綿を纏わない黒ユキムシ(ケヤキフシアブラムシ)も目立つ。寒い冬、ドカ雪の予感がするが、果たして・・・。

 東海大学の菅野智之投手が、ドラフトで一位指名された日本ハムには入団しない意向らしい。なんとしても巨人に行きたい。第一、日ハムは一位指名はしないと約束していたではないか。だから、浪人してでも巨人を目指したい。かなり頑なな様子である。

 事実上の巨人「逆指名」はドラフト制度の崩壊につながるから、巨人と競った日ハムの英断を評価する。野球好きの大方はこんな感想を持っている。他方では、日ハムの「やり方が汚い」という声も一部ではあるが聞こえる。おそらくどれも間違ってはいない。
 ドラフト制度がある以上、そのドラフトで成果を得るために各球団が戦略・戦術を凝らすことは当然である。「君を指名するから」と言っておいて外す、「君なんか要らない」と公言して、ドラフト当日に堂々と指名する。好き嫌いは別にして、ドラフトが競争である以上認められることだと思う。もっとも、こんな大人たちの陰謀に乗せられる選手はたまったものではないが。

 かつて、江川卓投手はドラフトでの指名を二度も蹴った。最初は作新学院で阪急(当時)の指名を、次に法政大学で阪神の指名を。二度目の時は、一浪後に有名な「空白の一日」事件を経て、晴れて巨人のユニフォームを切ることができた。巨人の魅力は相当なものらしい。

 菅野智之投手が一浪して巨人を目指すのも、ドラフト下での選手の取っていい作戦だと思う。やりたくない球団でそれほど長くない野球選手人生を過ごしたくない気持ちは痛いほどわかる。ここで、だが、と来るのだが、菅野投手はなれるものならば「ミスター日本」になってみたくないのだろうか、「ミスター巨人」で満足なのだろうか。もし、巨人の選手で満足ならば、一浪がよかろう。もし、その上を目指す力量があると信ずるならば、ぜひ日ハムに入って欲しい。楽天の田中マー君は、それほど人気も成績も芳しくない楽天球団の一位指名に躊躇なく応じて、5年目の今年はパ・リーグの投手三冠王になった。ダルビッシュ投手と並び、パ・リーグはもちろん球界を代表する大投手へと上り詰めた。

 菅野君よ、日ハムがある北海道の人たちは、巨人ファンよりずっと優しくて温かいぞ。勝ったらもちろんだが、負けても君を励まし見守り続けるぞ。ぜひ北海道に来たまえ。そして、チーム優勝だけでなく、史上最強・最良の偉大なる投手を目指そう!

プロはこうでなくちゃ
2011/10/19

 寒くなってきた。とうとう、昨日から教室に暖房が入った。ユキムシはまだ見かけないので、雪の到来はもう少し先になるのだろうか。

 プロ野球だが、中日ドラゴンズがセ・リーグ優勝を果たした。球団創立75年の中で連覇は始めてとのこと、まずはおめでとうを言わねばなるまい。
 にしても、鮮やかな「直線一気の差し切り」だったと思う。しかも、それが落合監督の解任が決まった後のことなので、凄味すら感じられた。監督とは郷里が同じ(秋田県)なのだが、監督の「静けさの中の気迫」は果たして我が故郷の県民性であったろうか?

 終わってみれば、「先発−中継ぎ−抑え」体制の強さ、リーグ最低の得点力ながら少ないチャンスを得点に結びつける確実さ、接戦を価値に持ち込む勝負強さなどこの優勝は偶然ではないとわかる。やはり見事と言うしかないチーム力だ。

 落合監督は、リーグ戦終盤に中日本社に呼びつけられ、新幹線の立ち席で東京から名古屋に向かい、そこの本社で解任を告げられたと聞く。逆転優勝の秘策と自信を持った監督の義憤たるや如何ほどであったろうか。無念さがひしひしと伝わってくるが、監督は一言も不満や愚痴を言うことはなかった。また、最後まで自分たちの仕事をきちんと果たす「落合流」を実践したのは他ならない選手たちだ。可愛げはないが、プロ精神とプロ技を見せつける、落合の8年間で中日は大きく変貌した。

 日ハムを裏切るようだが、ほとんど欠点のないパ・リーグの覇者ソフトバンクと「プロ軍団」落合竜の戦いを見てみたい気がする。
 

梨田か落合か...
2011/09/29

 9月も終わりになった。少しの間寒さが続いたが、このところ東京並みの暑さに戻ってしまった。自分も含めて教室に半袖姿がちらほら。寒さに向かう束の間の夏の名残か。

 プロ野球の話だが、二人の監督の今期限りの退団が公にされた。まだ20試合以上残っているのに退団発表でもないだろうと素人目には見えるが、早めにした方が後任探しに有利だという球団側の事情が優先しているらしい。

 日本ハムは、梨田監督の退団発表後負けが続き、10以上離れていた3位とのゲーム差がとうとう1.5まで縮んでしまった。退団の影響がないとは言い切れないだろう。逆に、中日は、落合監督の退団が明らかになってから勝ち続け、首位ヤクルトに肉薄するようになった。3ゲーム差は完全に射程距離だろう。退団騒動など関係ないどころか、バネにすらなった感がある。

 勝利を第一に考える点ではどの監督も同じだと思うが、それに徹することが出来るかと言えば、自ずと違いが出るのではないだろうか。それには”情”が関係しているのではないだろうか。
 札幌に移って以来、球団、監督、選手、ファンの一体感を演出し、それを勝利に結びつけてきた日ハムはいわばムード派、ファンサービス派だ。監督にはムードを壊す采配は許されないし、選手起用にもサービスが要求される。ダルビッシュを中4日でも登板させ勝ちムードを作りにいく、ルーキーの斉藤祐を先発ローテーション入りさせるファンサービスぶりは、勝利のみを考えたら恐らくはあり得ないことだ。
 これに対して、完全試合目前の山井投手をきっぱり切って、いつも通り押さえの岩瀬投手に引き継がせる、その押さえのエースすら時には若い浅尾投手に代えてしまう、要は、勝つためにはムードもサービスも一顧だにしないのが落合監督だ。「非情」采配、選手起用は日常茶飯事だ。だから、監督が代わることさえ意外でも何でもない。

 プロ野球には勝ち負けと並んでショーの要素がある。梨田監督の有終の美をともに分かち合いたい気持ちで試合を見守る優しい北海道の日ハムファンは、このところの連敗を残念ながらも寛大に受け止めるはずだ。自分もまた日ハムにそういう気持ちを持つが、自分が携わる大学受験は、非情で、勝ちか負けしかない。自分は「梨田監督」と「落合監督」の間を彷徨いながら、プロ野球と同じく一年勝負の受験界に30年間も席を置いてきた。
 

政局好きの我がマスコミ
2011/09/22

 寒くなってきた。朝晩暖房が入る話が聞こえてくる。短い秋の後の冬の寒さが思いやられる。暑いといっては嘆き、寒さを嘆く。人はつくづく勝手だ。四季を楽しめる心境に早くなってみたい。

 同じ大学出身だからとういう訳でもなく、政治信条を支持しているということでもないのだが、「鉢呂経産相」辞任劇は完全にマスコミと経産官僚の共同演出の「政局」だと思わざるを得ない。

 「死の町」発言は、この部分だけを取り出して誰かにコメントを、それも被災地の方々に求めたら、寛大なものにはならないだろう。「被害者感情を逆なでする」、「この野郎って感じ」等々、まして、それらのコメントを何日もずらっと並べて報道したらどうなるか。
 実は、少し前に、細川前厚生労働相が参院行政監視委で「本当に町全体が死の町のような印象をまず受けました」と答弁した時には、マスコミは全くシカトしているのだ。同じ「死の町」発言への全く異なるマスコミの対応に奇異な感じを受けるのは自分だけか。

 この少し後で、マスコミは鉢呂経産相の「放射能つけちゃう」発言を取り上げ、先の「死の町」発言と合わせて、鉢呂経産相が辞任する道筋をはっきりつけることになる。実は、「放射能つけちゃう」発言の方が「死の町」発言よりも前の出来事であることからもそれは明らかだと思う。しかも、「放射能つけちゃう」発言には全新聞社が立ち会っているわけではない。
  「ほら、放射能」(読売)  
「放射能をつけちゃうぞ」(朝日)
  「放射能をつけたぞ」(毎日)
  「放射能をつけてやろうか」(日経)
  「放射能をうつしてやる」(産経)
と完全にバラバラなのだ。明らかに、新聞各社の多くは、発言を又聞きしただけで真意を取材することなどなしに、ある「同じ目的」を持って、つまり、辞任に追いやることだけを目的に全新聞社が挙って報道したのだ。

 では、なぜこうなのか。それは、鉢呂経産相の「脱原発」方針に対する原発推進グループ(通称”原子力村”)の拒絶反応ではなかったのか。鉢呂大臣が乗り込んだ経済産業省は原発推進の中核だし、実は、大手新聞社始めマスコミ自身も原子力村の活動家である。今回の辞任劇が、マスコミと経産官僚の共同演出の「政局」だと思う所以である。

 にしても、鉢呂大臣の警戒心のなさはどうだ!初めての大臣就任に浮かれる気持ちは分からないでもないが、己の「脱原発」や「非TPP」姿勢の持つ重みを考えた時の軽率さは、やはり大臣にはふさわしくはないとのキャンペーンを張られやすいだろう。「死の町」にされてしまった住民に対する配慮の気配も感じられないのも資質に?がつくだろう。大臣辞任は、ある意味「自業自得」なのだが、ゴシップを追いかける芸能マスコミとほとんだ同じ次元で、世論の誘導と政局を作ることに血道を上げるマスコミの現状は、国民にとって最大の不幸であろう。

俺は何で食っていくのかな...
2011/09/09

 「俺は何で食っていくのかなあ..」恐らく高校2年生と思われる少年が、テレビのフィギュアスケートの村上佳菜子の演技に圧倒されてつぶやく。東進の「全国高校生統一テスト」のテレビCMだ。

 「お前は手が不器用だから、職人になれない。お前はもやしのようにひょろひょろしているから、肉体労働者にはなれない。お前に出来ることと言えば、せいぜい軽い鉛筆を持って勉強するぐらいだ。」恥ずかしながら、自分が高校に入りたての頃、今は亡き母が自分を諭した言葉だ。次いで、反抗期の真っ最中だった自分に、母はきっと向かって言った。「勉強ができることは偉いことでも何でもない。お前にはそれ以外の何も出来ない!」 
 今でも忘れない。悔しいが、名人と言われた祖父のような大工、当時荒くれ男を百何十人も従えてダムの工事現場で指揮を執っていた父にはとてもなれそうもなかった。しかも、学業における自分のそれなりの好成績すら、それしかできないと断罪されてしまった・・・。傲慢だった自分は悔しくて泣いた。
 母はそれからしばらくして癌を患い、この世を去った。自分はそれまで母の想いに応えることがなかった。大学を出る頃、やっと母の言葉の意味が分かった。

 時代が巡り、今、その昔母が自分に語った言葉に近い内容を生徒に話すことがある。目的を失いかけ、自信をなくしかけている生徒にその時の自分を重ね合わせている。あの時の自分がそうであったように、相手の生徒は押し黙ったままだ。自分は悔しかったが、生徒はどうだったろう。
 今は亡き母の気持ちが分かり過ぎる年齢となり、「軽い鉛筆で食っていく」はずの生徒を励ます立場となった。「俺は何で食っていくのかなあ」早く答が見つかるといい。9月23日、「全国統一高校生テスト」、今年は函館会場に600名を超える高校生が集う。

スモールベースボールばかりじゃ...
2011/08/29

 夏休みが明けた函館は、しばらく続いた雨の後で、晩夏とは思えない暑さになった。教室のエアコンにはもう少し働いてもらわねばならない。

 プロ野球だが、パ・リーグは、ソフトバンクの強さが際立っている。まず負けない。負けるとしても無様な負け方はしない。2位の日ハムも頑張ってはいるのだが、なかなか首位に迫れない。打撃不振が理由だ。ゲーム差は大きき離れているが、クライマックスシリーズがかかった3位争いが見物だ。昨年、「下克上」優勝のロッテと強いはずの西武が元気がない。
 セ・リーグは開幕前の予想に反してヤクルトが首位を走り、巨人、阪神、中日の「三強」が、ふらふら、よたよたになりながら後を追っている。特に、ずらっと「4番バッター」を揃えているはずの巨人の打撃不振は目を覆わんばかりだ。
 今年は両リーグとも「投高・打低」が際立っている。近年では珍しいほど、勝ち星が多い投手や防御率1点台の投手が多い反面、打率3割を打つバッター、ホームランを量産するバッターが非常に少ない。明らかに、飛ばないボールと言われる「統一球」を採用した影響だろうが、大リーグの使用球はこれ以上に飛ばないのだそうだ。してみると、昨年優勝のロッテや巨人は「飛ぶ」ボールに助けられていたのだろうか。
 ボールの影響がこれほどあることに驚かされるが、来シーズン以降、堅守、好走塁、功犠打、好投を前提としたスモールベースボールに全体が流れていくのは避けがたい。それはそれで野球の面白さの一面ではあろうが、どかんと一発攻勢の野球もまた捨てがたい。各バッターはもう少し研究をして、より遠く飛ばす技術の修得に努めて欲しいと思う。

 民主党の代表選挙だが、だれが当選するかどうかはともかく、報道するマスコミの姿勢に大いに疑問を覚える。
 要は、マスコミは「政局」が好きなのだ。誰と誰がくっついた、誰がやれば野党とうまくいくのか、一体幹事長ポストはだれになるのだ、などなど。芸能界のゴシップを追い続ける三文雑誌や視聴率稼ぎのテレビの立場なのだ。これからの日本の戦略・戦術や重要政策を問いただすことなど二の次、三の次なのだ。大物新聞記者と言われる読売の橋本、朝日の星にしてこのざまなのだ。特定の候補への肩入れ、逆に特定の候補への悪意ある報道が明白なのだ。
 報道の自由、不偏不党の名の下、実は、知性、品格を欠いた世論煽りの報道が国家、社会を歪めることになりはしないか。
 

夏期講習会の始まり
2011/07/25

 爽やかな何日かの後、函館は蒸し暑い夏になった。今日から始まった夏期講習会には、帰省した生徒を除いてほぼ全員が集まった。8月10日まで、文字通り天王山を戦う彼らを万全な態勢で支えてあげたいと思う。

「なでしこジャパン」の強さは本物だった。「柔能く剛を制す」というが、「小能く大を制す」でもあった。特に、完全アウェイのドイツ戦では、このチームの持つ底知れない強さが出た。決勝戦で二度同点に持ち込むことは彼女たちにとってはごく当たり前のことだったかもしれない。それにしても、やっぱり1位でないと!

 工学にほんの少しだけだが触れた人間として大いに関心を持たざるを得なかったのは、言うまでもなく3月11日に始まった福島原発事故だ。世界有数であるはずの日本の原発技術は、原発事故を前にして、「想定外」を理由に、情けないほど無力であった。原発技術は「平時」において「優秀」なだけであって、「非常時」には劣悪であった事実は、今後の原発の維持と新設に対して誰もが疑問を持たざるをえないほどの衝撃だった。

 他方、技術に対する不安と懐疑を政治的に利用する輩が、他ならない一国の政治的指導者たる首相であったことも、原発事故同様に義憤の対象となった。かつては、「技術の優秀さ」を政治的に利用し、日本列島を原発列島にしたが、今度は、「技術の不備」を利用に「脱原発依存」を掲げた政権の延命に利用される。技術は常に恣意的に「優秀な」と「未熟な」のどちらかの形容詞が付いて翻弄される。

 つい最近の中国の新幹線衝突事故もまた、政治による「技術」の引き回しの結果ではなかったのか!「世界に誇る自前の鉄道技術」は、実は「落雷」による不可避な出来事であり、中国の新幹線技術は全く問題ないのだと。40名近い事故の犠牲者は、中国共産党結成90周年の生け贄だとも言いたいのか!
 ここでも、技術は政治的都合で駆り立てられ、不完全でありながらも「世界的技術」だと強弁され、日本が原発列島化したのと同じように、中国全土が「新幹線化」していくはずだ。そして、事故はすべて「想定外」の自然災害だと。

 政治の前に技術は無力である。技術の担い手たる技術屋の良心と、利用者たる賢明な国民の諾否判断にその前途は委ねられるのだろうが、原発事故がその転機になるかどうかは疑わしい気がする。残念だが。

大学生に告ぐ
2011/07/09

 リクルートによれば、来年年春卒業予定の学生の内定状況は、前年よりもさらに悪化したということだ。
 6月下旬時点での内定率は49.2%と前年より6.6ポイント低下した。また、就職活動の終了率も34.4%と、前年に比べ11.7ポイント低い状況にとどまっているそうだ。選考を遅らせた大手が内定を出し切っておらず、「例年この時期に出る中堅・中小や大手関連会社が選考や内定を遅らせている影響もあるという。とくに、大震災の被災地学生が厳しい就職活動を強いられているそうだ。

 大学生が「シューカツ」もしないで大企業に就職できた時代があった。1960年代の高度成長期がそうだった。「団塊の世代」たちは、いくつかの企業を先輩や大学に紹介され、会社訪問、入社試験では、旅費、日当をもらって「優雅な」東京旅行が楽しめた。銀座で食事をごちそうになった例もあった。ついで1980年代のバブル期。今バブリー世代といわれている世代がそうだ。彼らもまた大した苦労をせずに企業に入り込んでいった。

 時代は巡り、バブル崩壊後の「就職氷河期」、その後の短い「売り手市場」を経てリーマンショク以後の「就職超氷河期」を迎えた。以前の「氷河期」と異なるのは、単に不況だから就職できないだけではなく、企業が「人選び」のハードルを高く設定し始めたことだ。曰く、「コミュニケーション能力」、曰く、「英語の運用力」、また曰く、「問題解決能力」...。平均的学生にとって、それまで見たことも聞いたこともない能力が要求された。もし日本人学生がこれらを欠くのであれば、ただでさえ狭い採用枠なのに外国人学生を採用するようになった。なにしろ企業は以前からグローバル化しているのだから。実際採用数の半数以上を外国人に割り当てた大企業が続出している。かくして、ますます企業は「狭き門」と化した。

 以前から「大企業よ、お前らはそんなに偉いのか?」と大学生に門戸を閉ざす企業を批判してきたが、その一方で、就職だけでなく良かれ悪しかれ「グローバル化された時代」に何の考えも備えもなく、××大学卒のレッテルだけで何とかしようという学生もまた批判してきた。「学生よ、アホになるな!この社会の未来はお前達にかかっているのだぞ。」と。
 学生諸君よ、まずぼーっと学生生活を送るな。部活であれ、バイトであれ、恋愛であれ、ボランティアであれ、ゼミであれ、何かに燃える時間を持て! TOEIC頑張れ! 何か語れる専門性を持て! そして何よりも己が目指す人間像を持て!

原巨人は何を目指すのだろうか
2011/07/01

 7月になった。東京はじめ本州は、真夏日、猛暑日、熱帯夜と夏本番だが、函館はまだ清々しい初夏の感じだ。教室のエアコンも入れたり止めたりだ。本州勢に差をつけられるとすればこの時期だな。

 プロ野球だが、北海道日本ハムは依然として好調だ。田中賢介が怪我で戦線離脱したのは痛いが、ダルビッシュはじめ投手がしっかりしている。打線は、中田が昨年までとはすっかり違って大部信頼できるようになったし、糸井がすばらしい。つなぐ野球は本調子ではないが、十分に首位のソフトバンクに対抗できるだろう。とても楽しみだ。

 ジャイアンツだが、見るも無残の一言だ。先発の内海とルーキー沢村以外に信頼に足る投手はいない。守れば信じられないエラー、打つ方ではラミレスがまずまず、他はがたがただ。いわば4番バッターが5人もいるよう戦力とは思えないほどの打撃不振だ。今年はこのまま終わる気がする。
 多分、原因は原監督の戦略・戦術の誤りだろう。あまり飛ばないと言われる「統一球」が採用されたことへの過剰反応だと思う。結果として、中途半端にスモール・ベースボールを取り入れてしまい、まず本来破壊力ある打線が死んだ。スモール・ベースボールの前提になる鉄壁の守備、投手力、バント、盗塁、堅実なチームバッティングのどれも機能してはいない。ジャイアンツの再生はどちらかへの特化だろう。つまり、5点取られてもホームラン、長打の一撃で6点取り返すビッグベースボール路線か、ラミレスにもバントさせるようなスモールベースボールの徹底化のいずれかだろう。個人的には前者だが、それは原監督の決断にかかっている。

 菅総理と仙石前官房長官は「学生運動」の闘士だったと聞く。極端な秘密主義、姑息さは、まあその名残かと少しは肯くが、ボツ思想性、ボツ理想となによりも人間的魅力のなさは同時代人としては残念さを通り越して、心底寒さを感じてしまう。
 原発は今なお収拾の目途が立たず、放射能汚染はますます拡大している。震災地に「復興」のかけ声は聞こえるが、肝心の復旧は遅々として進まない。がれき、異臭の処理、衣食住の確保無くして何が復興か! 総理自ら、閣僚自ら、与野党幹部自らが「復旧」の肉体労働に励む姿を見てみたい。
 

セ・パ交流戦
2011/06/10

 今年もプロ野球の交流戦はパ・リーグが強い。ソフトバンクも日本ハムも負けない。オリックスだって交流戦になって見違えるほど強いチームになった。そこいくと、セ・リーグは中日が何となく上位にいるものの、巨人、阪神は精彩を欠いている。昨年は、最終的に1位から6位までパ・リーグだった。一体何が起こっているのだろう。
 仕事柄、テレビでプロ野球中継を見る機会は限られているが、たまに見ても気付くことがある。それは、パ・リーグのピッチャーもバッターも失敗に動じないことだ。ピッチャーにつきものの、「いつ交代させられるんだろう」といった不安があまり感じられない。伸び伸び投げている。バッターはチャンスで三振しても、凡打でも割と平気でベンチに戻っていく。セ・リーグは、ピッチャーもバッターも何かおどおどしたものが感じられて、これが勝敗につながっているような気がしてならない。
 きっと、受験も同じだろうな、悪い点数をとって叱られたら、やはり力は発揮できないだろうなと思うが、教室に入ると見事に忘れてしまう。

 「責任をとらない大人」のことを書いたら、共感と反感の両方をいただいた。反感を抱く人が「責任をとる大人」だったらいいのだが...。
 にしても、「責任をとらない大人」がたくさん、それも、指導的立場にある人に見られるのは残念なことだ。

 福島原発事故に関して、このところ、「原発事故は人災」の大合唱が聞こえてくる。曰く、菅が悪い。また曰く、東電が悪い。さらに、曰く、甘い安全基準を作った奴が悪い。はなはだしいのは、関心を払ってこなかった国民が悪い。だから、人災だ、って。
 本当にそう? きっと違うな。すっぽり抜け落ちているのは、原発の存在そのものを可とするのか、不可とするのかの議論だ。もし原発Yesだったら、人災論議を大いにやればいい。悪い奴を探すのはきっと楽しいだろう。
 原発Noだったら、原発を推進してきた歴代政府関係者・政治家+官僚+学者+電力会社+巨大マスコミすべてが「人災」だ。責任をとって、まず自己批判、ついでにみんな辞めてて欲しい。なにしろ、社会を原発事故の不安のどん底に突き落としているだけでなく、「健全な」エネルギー開発を怠ってきたわけだから。
 「人災」合唱隊の多くが、原発YES派なのはわかるなあ。責任の所在を自分以外の誰かにしたいだけなのだから。だから「責任をとらない大人」って思うのだ。

 自分はただの受験屋風情だが、吾が生徒達がやがて向かうであろう社会が「無責任な大人達」の連合体だったとしたら、どのツラ下げて生徒達に社会貢献を訴えればいいのだろうか。自分も含めて、大人達よ、潔く責任をとることの大事さを、せめては次世代を担う若者達に教えてやってくれないか。

ノブレスオブリージュ
2011/06/07

 6月になって、このところの函館は程よい気温で実に爽やかだ。日も長くなって、気分も爽やかだ。吾が受験生たちは、この季節、「過酷な」受験勉強を割とサクサクと進めているようだ。いつも6月なら本当にどんなに良いだろう。

 5月31日に吾が校OBの渡辺斉志(ひろし)君が、6月3日には同じくOBの安達史紀(ふみのり)君が、忙しい仕事の合間を縫って、後輩達のために講演をしてくれた。

 渡辺君は、北大大学院卒業後、製薬会社を経て、現在サントリーの研究員として健康食品の研究・開発に取り組んでいる。「脳の老化防止」などの専門分野の話は実に興味深かった。やがてはお世話になるんだなあ、と我ながら真剣に聞いた。
 また、渡辺君は、これから大学へ行き、やがては社会で活躍するだろう後輩達に「人間力」をはぐくむこと、すなわち「柔軟性」と「俯瞰力」の重要性を強調したが、海外勤務中だけに、実に説得力に富んでいた。
 最後に、「自分は健康食品の開発を通して人々に貢献したい」と決意を語ってくれたが、さすがは吾が門下生、と嬉しかったが、博士号取得で十分に知的な彼ではあるが、なおかつ使命感に燃える彼の大きく成長した姿に目頭が熱くなってしまった。

 安達君は、青山学院大学卒業後、「就職超氷河期」にもかかわらず幾多の大企業の内定を取り付け、最終的にパナソニック社に入社した。入社以来、一貫してIT関連商品の海外営業に取り組んでいる。すでに20カ国を廻ったという。学生時代から、帰省した折には、受験勉強について、学生生活について後輩達に話してくれていたが、社会人なってからもほぼ2年ごとに講演に来てくれて今回で4度目の講演となった。
 彼は、「人口減、膨大な借金、国際競争力の低迷」に喘ぐ日本の現在と将来に強い危機感を表明し、後輩達に「君たちがこの状況を打破するのだ」と訴えた。そのために、常にグローバルに発想すること、そして渡辺君と同様に、「俯瞰力」を持つことを説いた。「英語ができることはもはや特技でなく常識であり、英語で『ばんばんやり合う』ことが求められている」には、吾が生徒達のテンションは頂点に達していた。
 「夢を達成するには夢を持ち続けること」とし、自分自身の目標は「世界一のプロフェッショナルになって社会に貢献すること」と熱く語った彼に、2年前の講演で見た以上の迫力と熱情を感じた。6月末にドイツに赴任する彼は、日本に戻る数年後には自分が想像できないほど大きな器になっているだろうな、と実に頼もしく感じた。

 渡辺君も、安達君も、もはや自分を超えた感があるし、そのことがとても嬉しい。しかし、この函館の街から何人、何十人、何百人の彼らを送り出す自分の仕事はまだ完成していない。頑張らねばな、と生徒同様に強く思えた講演会だった。

最近の大人達は...
2011/05/26

 先週、東進の全国大会があり東京に出張した。函館を出る朝、我が家には暖房が入っていたが、東京ではあまりの暑さに上着を脱いで半袖となった。東京の4日間で流した汗は函館の5月で流した汗の何倍かであったろう。かつて住んでいたはずなのに、東京の暑さは本当に堪えた。帰函の日、東京の気温は30度を超えていたが、羽田空港での到着地=函館の気温表示は12度だった。安堵の気持ちと同時に、「ああ、心底北海道人になってしまったなあ・・・」と思えてならなかった。

 福島原発は1号機だけでなく、2号機、3号機も地震直後にメルトダウン状態になったことが東電から発表された。震災から2ヶ月半も経ってからの発表に、だれもが東電が事故の全貌を隠し続けてきたのではないかと疑った。
 この件に関して驚かされるのは、いわゆる原発の専門家たちの発言である。今になって「いやあ、メルトダウンが起きているのは専門家なら皆知っていましたよ。」としたり顔で発言していることである。その多くの専門家たちが、原発事故当初は、「チェルノブイリのようなメルトダウンは起こらない」と盛んにテレビや新聞で発言していたのだ。「原子炉が冷却されているので安全である。」とまで言い切っていた。学者の良心、プライドなど微塵もないのである。
 
 原発に関してだけでなく、この国はいつからか潔く責任を取るということがなくなってきた。
 政治家のトップは選挙で負けたら責任を取ってやめるというのが、例えば参院選で負けてもだれも責任を取らない、統一地方選で負けても「選挙で負けたが、誰かの責任ではない」と居直る。2ヶ月半収束できない原発事故にも、いまだに義援金の支給すら行われていない震災対策の遅れ・不備に対しても他人事のように責任を取らない。学者は学者で、原発推進の中核であったにもかかわらず、今回の事故を受けてただの一人も大学教授を辞任してはいない。最近、お付き合いしている会社で随分ひどい対応・不始末があったが、現場の人間には謝罪させるものの、幹部連中は知らん顔している。随分卑怯な社会になっている気がしてならない。
 
 「最近の若者は・・・」は、いつの時代も大人達が好んで使うが、「最近の大人」は、責任を取らないのが責任の取り方らしい。

新年度開始から一ヶ月
2011/05/17

 浪人クラスの新年度授業が始まってから1ヶ月が経った。ゴールデンウィークで少し休みがあったが、模試を2回こなした他、授業も順調に進んでいる。「心のコップ」をまっすぐ立てて、人のお話をきちんと聞けるようにする素直さと謙虚さが大事だと諭し、まずは、挨拶の励行、下足整理を徹底してきた。今年は「性格の良い」生徒が多そうなので、「心のコップ」が斜めになったりすることはないと思う。そのコップに水を注ぐ責任の重さがひしひしと感じるのも毎年この頃である。


 避難指示が出ている原発から半径20キロ圏内の住民はもちろん、福島県内、東北地方の多くが、福島第1原発に関して東京電力や政府が発表する数字や収束見通しを信じてはいない。フラスコ型の原子炉の構造や発電の原理はわからなくても、人の話すことが真実なのか否なのかは、生死に真剣に関わっている人ならば見抜くことが出来る。

 福島第1原発1号機が地震早々にメルトダウンしていたことが事故発生後2ヶ月も経ってから公表された。2号機、3号機もそうらしい。「原発は地震には安全に自動停止したのだが、その後の津波は想定外だったので...」と、自分たちには責任が無く、津波が犯人だとばかりの釈明と責任転嫁を繰り返してきたが、とうとう逃げ通せなくなったらしい。かのチェルノブイリと同じかそれ以上の危険な状態になったのは間違いない。今後、溶けて高温状態が続くウラン燃料が原子炉容器自身を溶融し燃料自身が外部に露呈し、放射性物質が大量に外部に飛び出すか、大量に投入されている冷却水の加熱による水素爆発が発生し空中に放射性物質が飛散するか、さらに悲惨なのは「再臨界」となり、小型の原子爆弾としての爆発につながるかである。いずれにしても、半径20キロ圏内どころか、日本中が放射性物質に汚染される最悪の事態すら想定されてきた。ウソと隠蔽がもたらすのはいつの時代も悲劇である。

 政府と東電だけではない。原発事故発生当時、テレビに盛んに登場し事故が軽微であること、収束に向かっているのは間違いないと「わかりやすい」解説をしてきた「原子力」学者たちもまた、この最悪の事態を前に弱々しく「収束を信じている」と述べるか、沈黙を続けるだけであった。原発安全神話の形成に大いに荷担してきたかの学者たちもまた、多くの住民達のひんしゅくを買ったのであった。

 だれも真実を述べない、だれも有効な手だてを取る事もない。不安のどん底の中で、住民たちは己の感覚だけで善悪を判断する他はない。ただひとつの幸いは、粘り強く、実直な東北人であったが故に生と未来への希望を捨てていないことだ。政府も東電も御用学者もこの住民達を前に、安全であろうが最悪であろうが、せめて本当のことを語って欲しい。
 

入学式がなくなった
2011/04/08

 東北地方太平洋沖地震の影響により、首都圏の多くの大学が卒業式を中止することになった。国立大学では東京工業大学、私立大学では早稲田、明治、立教、中央などが中止を決め、これに延期、未定などを加えると、相当数の大学が入学式なし、あるいは簡素化して新入生を迎えることになりそうだ。せっかく苦労して入った大学なのに、受験に関わる者としてとても気の毒に思う。授業開始も遅くなりそうなので、新入生諸君はせめてそれまで寮、アパート、下宿付近始め東京の街を散策し、東京暮らしに慣れるようにした方がよい。

 思えば自分の時は、入学式も卒業式もないのが普通だった。ベトナム戦争、70年安保、沖縄返還、学園紛争華やかし頃で、入学式も卒業式も「過激派」の角材、鉄パイプで粉砕されたり、大学側が予防措置的に中止を決めたりしていた。そのせいか大学卒業後に就職した会社の入社式が妙に新鮮に感じられた。

 その大震災だが、地震と津波だけでも大変な数の犠牲者が出ているのに加え、東電の原発事故が加わり、震災の収拾と復興のさらなる大障害となっている。「原発安全神話」を意識的に創りまき散らしてきた歴代政府、自称「原子力専門家」、電力会社、原発関連企業などの「原発一家」は、過疎に泣く海岸地域の自治体に協力金をばらまきながら原発の建設と稼働を推進してきたのだった。ねつ造された神話が人々に与えたのは、神話のもたらすはずの「宗教的安逸」どころかとてつもない悲劇だった。この悲劇に際して、世界一の原発技術を謳ったはずの東電は、かのスリーマイル島やチェルノブイリ原発事故を上回る大量の放射線放出危機を前に「想定外の津波」という言い訳を繰り返すだけで、右往左往しているのがありのままの現状なのだ。政府にしても、「俺は原発に詳しい」と豪語した首相始め現場の邪魔をしているとしか思えない言動を繰り返し、原発避難地域の設定、避難者の生活援助など何一つ有効な施策を打ち出し得ない状況が続いている。忍耐強く、創意工夫しながら困難な避難暮らしをしている人々に対して、あまりにも政府、東電は無為無策過ぎる!

 今は震災と原発事故の収拾に全力をあげるべきだが、神話であれ、権威であれ、そんな愚にもつかないものとは無縁な次元で、遠からず原発の是非を問うべきだと思う。

地震は天罰か
2011/03/15

 今回のの地震・津波で犠牲になられた方々にお悔やみを申し上げます。また、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

 関東、東北地区の国公立大学後期日程入試が中止や延期になっただけでなく、受験生が試験地で地震に遭遇し足止めを食わされている。中には、避難所暮らしを余儀なくされた受験生もいる。幸い、当校の受験生の全員の安全が確認され一安心している。地震も津波も自然の営みのほんの一部に過ぎないかもしれないが、人間はその前ではあまりにも小さく無力であることが実感させられる。だが、躊躇している間はない。日本の総力を挙げて救済と復興に取り組んでいくべきだと思う。

 東京都の石原知事は歯に衣着せぬ発言で知られているが、自分は彼の傲慢さがいつも鼻について、正直大嫌いな人間の一人である。その石原知事が今回の地震について発言した。
 「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなものない。我欲だよ。外国だよ。物欲、金銭欲,性欲。この津波をうまく利用して、我欲を1回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のアカをね。これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ。」

 慎太郎知事に問う。君は東北の沿岸に住み漁業、農業に従事し、過疎に怯え、不景気の波をもろに被っている今回被災した人たちを見て物欲、金銭欲、性欲の亡者だと言いたいのか? それは、君が君臨する東京にそっくり返してやろう! 何よりも、人を欺いてでも知事の座にしがみつこうとしている君にそっくり返す言葉だ! 君がまともな人間であるならば、被災した人たちのために心配と同情と、何か手伝えるものはないかと考えるべきではないのか! まして君は政治家ではないか、東京都が支援できることをまずもって発言すべきではないのか!

 さらに問う。君は、アメリカのアイデンティティーは自由である、フランスは自由と博愛と平等であると本心から思っているのか? 泥沼のアフガン、イラクの状況を招いたアメリカ、長年のエジプト独裁政権を支えたアメリカを支えたのは自由だというのか! 否、君の言う「我欲」以外の何ものでないではないか!
 ロマ族(ジプシー)をルーマニアに強制退去させ、移民を排除、規制を始めたフランスのどこに自由と博愛と平等のどこがあるというのだ!
 慎太郎知事よ、君はずいぶん愛国心があるらしい。日本人が失った最大の精神が愛国心だと君は言う。しかし、今回の君の発言でわかったことは、君は諸外国を皮相でしかとらえることが出来ない、正真正銘の外国コンプレックスの権化であったと言うことだ。君に愛国を語る資格などない。巨大地震の被災者を前に、まず語る言葉が「天罰」なのだから。愛国心があるならば、国の民衆への限りない慈愛が前提ではないのか!

 にしても不思議なのはマスコミだ。これまで問題発言があったにもかかわらず、なぜかマスコミは石原知事を攻撃し続けることはなかった。記者会見でも知事に一喝されるとそれ以上追求することなくうやむやになってきた。もし、マスコミに良識があるならば、今度こそ知事発言を取り上げ続けて欲しいものだ。

 

カンニングなんかするな!
2011/03/11

 前期日程入試が終わり、ほぼ大勢が決した。我が生徒諸君は、医学部合格4名始め、北大、東北大に複数名合格を果たし、早慶・MARCHすべてに合格者を出し、同志社、立命館にも複数名が合格した。まずは、勝利といっても良いだろう。合格した生徒諸君の努力に心から敬意を表したい。
 しかし、武運拙く思い通りの結果を出せない諸君がいるのも事実である。不合格を報告する電話はつらいに違いない。電話を通して必死にこらえる嗚咽が聞こえてくる。可哀想でならない。あまりにも過酷な試練だ。こちらもしばし呆然とし、やがて涙がこぼれそうになる。やっぱりダメだったかではなく、うそだ、うそに決まっている!そう叫びたくなる。「まだ後期がある。信じて頑張ろう。」と努めて明るい声で励まして電話を終える。受験屋が一番つらい時だ。最後まで我が生徒の成功を信じ、必死に祈ろうと思う。

 ところで、「カンニング」が和製英語なのをご存じだろうか?もともとは”悪だくみ”という意味だが、大きく意味を外していないので「試験での不正行為」として使ったとしても日本国内であれば全く構わない。いわゆる「カンニング」は、英語ではチーティング(cheating)と表現するのが一般的だ。”浮気、不倫”という意味でも使われる。
 今年の大学入試では、携帯電話を利用した「カンニング」が話題になった。7年前に韓国版センター試験「大学修学能力試験」で、やはり携帯電話を使った組織的なカンニング事件があったので、受験屋の中では「いつか日本でも」という思いはあった。受験生性善説を信じていたのか、天下の京都大学は全く無防備だったらしく、逮捕されたくだんの受験生はとてもカンニングがしやすい大学だったと供述したらしい。京大も随分なめられた者だが、京大総長は、「入試の根幹に関わる大事件」として被害届を出し、「偽計業務妨害罪」での逮捕につながるのだが、果たして受験生だけが責めを負うべきものなのだろうか。受験生を逮捕し、裁判にかけ何かしらの処罰をして、それでおしまいなのだろうか? かつては「反国家権力」の象徴だった京都大学が、自治の精神の表象ともいうべき入学試験で見せた当事者能力の欠落、自らの力では何もなし得ないが如きの被害届、受験生だけに向けた「怒り」、試験監督に問題はなかったとした傲慢さ以外何も示しえないことに正直落胆を禁じ得ない。また、マスコミはといえば、「組織的な犯罪」の可能性をはやしたてたと思えば、どうやって携帯から送れたかの技術論を大まじめに取り上げたり、当該受験生の私生活を洗ったり、視聴率アップの努力をして見せただけであった。

 携帯電話を使った点では新奇性はあったろうが、これまでもあっただろう単なるカンニングである。不正をした者は合格を取り消されればそれでよい。育った家庭がどうの、そもそも入試自体が悪いなどとというのは自称評論家の飯の種にしておけばよい。それよりも、まず、かの受験生をこれ以上話題にし追いかけるのはやめにして欲しいし、来年再受験への道を閉ざさないで欲しい。きっと彼は深く反省し、後悔しているはずだ。
 京大は、今回の事件を”自治”の問題として考えて欲しい。試験監督者の怠慢、その方法に誤りがあったのは事実なのだから、総長始め関係者をまず処分すべきだ。ついで、被害届=刑事事件化が妥当であったかどうかをしっかり議論し公表して欲しい。さらに、受験生に過度の負担とならない合理的な再発防止策を講ずるのは当然のことだ。被害者面をするのではなく自治の当事者である認識を改めて持って欲しい。
 さて、カンニングした受験生よ、言うまでもなく大卒の肩書きは一生君の財産として君について回る。それが不正で得られたものだとしたら、君は胸を張ってそれとつきあえるか?君はこの1年間君なりに頑張ったんだと思う。また1年遅れるが、さらに今年以上に頑張って、堂々と京大に、早大に合格して欲しい。

ニセコに日本人がいない?
2011/02/27

 冬の終わりが近づいてきた。日中陽が差し、少しだけ優しい感じがする。あと何回か「なごり雪」を見たら春だ。
 センター試験、2次出願、センターAO合格発表、私大入試と続き、今日は国公立大学・前期日程入試だ。一昨日まで教室に籠もりノートを繰り、参考書に引いた赤や青のラインを追い、過去問を何度も解き直していた生徒が、今頃は必死に入試問題に取り組んでいる頃だ。己の努力で培われた己の力を信じ、終了の合図がかかるまで懸命に挑んで欲しい。そして、無事戻ってきて欲しい。

 先日、束の間の息抜きにニセコに出かけた。もう5年になろうか、羊蹄山が好きになってから。時間が取れれば山を眺めながら温泉にゆったり浸かってみたいのだが、この商売をしている限りは望むべきもない。
 そのニセコだが、立ち寄ったバンガロー風のレストランで驚かされた。客は、おそらくオーストラリア人とおぼしき人が4名、日本人が自分を含めて3名、日本人客は静かだから、やけになまりがある英語が響いてくる。食事をとっていると、突然、子供連れの大きな日本人に隣の椅子を指さされて、”Is there anyone new ?”と英語で尋ねられた。はっ?日本人が英語?あわてて、"No"と。くだんの大男はその椅子に座り、今度は連れらしき「英語圏」男性とかなり流ちょうな英語で話し、店員に英語でオーダーをする。変な日本人!と思いきや、会話の内容から実は中国人であることがわかった。10歳くらいの子供もまた「英語圏」男性と英語だ。
 食事の後、ニセコのスキー場近くに出向いたが、別荘、コンドミニアムの他にレストラン、カフェなどが林立し、外国のスキー場と見間違うほどの外人客で賑わっている。中国人とおぼしきスキー客も日本人よりは遙かに多い。春節(旧正月)を利用してのニセコ滞在なのだろう。自分が冬のニセコのスキー場に来たのは3年ぶりくらいか。冬のニセコは、その間に、あまりにも大きな変貌を遂げたようだ。

 グローバル化が言われて久しい。良い、悪いの問題ではなく、我らが心の準備すらしない間に、至る所でその波が押し寄せてきている。利用法、マナーが話題になる前に全世界を席巻した携帯電話のようになるのであろうか。

大相撲に未来はあるか
2011/02/03

 昨日から寒さが和らぎ、雪も小休止、除雪で痛む腰にはとても有り難い。
 国公立大学の出願が締め切られたが、全体の平均倍率が4.8倍となり、昨年を0.1倍上回る倍率となった。出願する5人当たり1人だけ合格する「狭き門」だ。
 旧司法試験を何度か受けたことがある朋友が、「試験の実質倍率は、司法試験のような難関でも、常に2倍だ。残りの受験者は初めから論外ということだ。」と常々口にする。定員100に対して倍率4.8倍の場合、実質的には200人で争われ、残りの280人は最初から不合格が決まっているということらしい。何とも殺伐とした話だが、予備校屋としてはもちろん異議ありである。例え数字の上では厳しくとも、「絶対に合格する」という強い意志と、集中力あるラストスパートで、「逆転合格」を果たした我が教え子たちは後を絶たない。もしかすると、彼等もあの「実質2倍」の一人であったかも。

 大好きな大相撲が危機だ。昨年の「野球賭博事件」で押収された携帯電話のメールの履歴に、露骨な八百長計画のやりとりが残っていたそうだ。「すぐにはたかず途中で投げる」、「まっすぐぶつかり、その後は流れで行きます」などがやりとりされ、実際の相撲がその通りだったとも言われる。「20万」といった勝ち星を融通する金額も文面にあるという。事実だとすれば、そして、疑惑の何人かは八百長を認めているというが、何か胸が締め付けられるような思いすらしてくる。

 大相撲には「神事」の流れと「興業」の流れがある。また、世間と切り離された狭い世界で、力士はじめ関係者が「食っていかなければならない」厳粛な現実がある。神事に力点を置けば、八百長はあり得ないが、食うことが果たして保証されるのか。興業に力点を置けば、必死の大相撲で客を喜ばすこと以外に、ここでも食い扶持にありつかねばならない問題が生まれてくる。負け越したら即引退の危機になる力士が、勝ち星に余裕のある力士から勝ちを譲ってもらう。役力士昇進がかかった力士が、もはやそうではない力士から勝ち星をもらう。限られた「相撲サークル」の中の奇妙な互助関係が、長い歴史の中で育ったとしても不思議ではない。八百長問題は常に「古くて新しい問題」であり続けた。

 3月場所の中止どころか、税金が優遇される公益法人・日本相撲協会の解体すら話題に上りつつある。八百長とは無縁の力士にとって、多くの善良な相撲ファンにとって残酷な方向に大相撲は進んでいるかもしれない。暴行、賭博、八百長の彼方で燦然と輝く大相撲であるために、何よりも世界に冠たる古典スポーツとしての大相撲が存続するために、国民的大議論が必要なのではなかろうか。

センター試験が終わって
2011/01/27

 函館のこの冬は雪が多い。降った量は昨冬の倍はあろうか。朝の挨拶、校舎の始業時、知り合いと会った時、タクシーに乗った時、最初の話題は雪だ。やたら詳しいのがいて、偏西風の蛇行だの、気圧配置の固定化だのと話してくれるが、最後は「ま、冬だからね、雪が多いのは当たり前」ということになる。それにしても、雪かきで痛む腰の心配と除雪した雪をどこに排雪しようと悩む毎日である。

 センター試験が終わり、外の冬色とは別に校舎は受験一色になった。幸い、我が校のセンター試験の結果は良好で、二次試験が楽しみになってきた。試練の二日間を経た生徒はどこか頼もしさすら感じる。最後まで生徒を励まし、勇気づけ送り出してあげたい。

 

謹賀新年
2011/01/05

第一ゼミナールの生徒諸君、保護者の方々、OB諸君、明けましておめでとうございます。

 様々な分野でリーダーとして活躍できる、そして、ノブレス・オブリージュ(位高き者、責重し)の精神を持った人を、ぜひ函館の地から日本、世界に送り出せるように、今年も奮闘したいと思います。
 ぜひ、このホームページとBBSに来てください。できれば書き込みをお願いします。

 写真は、正月の大沼公園から望む駒ヶ岳。清々しい気分になりました。

一年の終わりに際して
2010/12/29

 年末最大のイベント「センター最終プレ入試」は、申込み582名、受験者466名と過去最大規模での実施となった。早朝から夜遅くまで模試を「戦い抜いた」受験生に敬意を表すると共に、ご協力いただいた市内各高校並びに保護者の方々に心から感謝申し上げます。

 成績データは早くも12月30日から受験生に送付するが、昨日届いた得点一覧によれば、英語、化学に満点獲得者が複数名、さらに総合得点800点(満点:900点)以上獲得者がこれまた複数名出るなど、さほど問題が易しくなかった中で受験生は大健闘を見せた。1月15,16日のセンター試験本番、さらには2月25日からの国公立大学二次試験勝利への手応えが感じられる結果であった。
 一方、思い通りの結果が得られなかった受験生も散見されるが、本番まで2週間以上あることを考えれば、ギブアップなどとんでもないことで、弱点補強にひたすら努めることによって本番で予想以上の得点を上げた例はきりがないほどある。勝利を信じて最後まで頑張って欲しい。

 さて、就職超々氷河期とまで言われる大卒予定者の就職難だが、実は単に不況だからということだけでもないと思われる。
 ひとつには、過剰なまでの「大企業志向」、しかもマスコミ、商社など分野を限定して、「それ以外だったら行かなくてもいい」という大学生の自己分析、社会分析を欠いた恣意的な、悪く言えば「甘ったれた」就職志向があげられよう。
 例えば、商社を志向するのであれば、当然国際感覚、語学能力、競争志向、コミュニケーション能力、フロンティア精神が要求されるのだが、この一部すら該当しない学生が商社を目指しても、そりゃあ無理というもの。己が何たるかをしっかり見つめ直し、もし志があるのであれば十分に自己研鑽を積んで挑戦すべきだろう。就職マニュアル、面接マニュアルを見てうわべを飾っても簡単に見破られてしまうし、今の企業にそれを許すだけの余裕はない。

 また、もうひとつには企業のグローバル化が進み、「純粋」国産企業が存在しなくなっている昨今、英語も満足に使いこなせない、戦う気概もない「軟弱、内向き」の日本人大卒予定者をどうしても採用しなければならない理由がなくなっていることが上げられる。 某大手電機関連企業は、来春大卒採用者のほぼ半分を中国、韓国を含む外人から、残りの半分近くを帰国子女から採用することにしたという。「純」日本人大卒の採用枠の少なさに驚いてしまう。(この辺の事情は、「みんなのBBS」のFA氏の記事を参考にされたい)

 大卒予定者の半数近くを路頭に迷わせる日本が健康的だとは思わないし、大企業の採用方針が全て 正しいとも思わないが、大学生は現実の就職環境をよく考えて欲しい。なぜ、日本人ではなく中国、韓国の大卒が採用され始めているかについても。卒業大学のブランド価値ではなく、自分の価値がいかほどかについても。

 第一ゼミナールの在籍生の皆さん、保護者の方々、OB諸氏、高校の諸先生、今年もお世話になりました。心から感謝いたします。来年も皆さんにとりまして佳い年であることを願っています。
 受験生諸君、センター試験勝利、二次・私大入試での大勝利のために年末、年始返上で共に頑張ろう!

されど沖縄
2010/12/15

 先週、浪人クラスの三者懇談を3日間の日程で行い、受験予定大学を決定した。師走のお忙しい中、貴重なお時間を割いていただいた保護者各位に心から感謝申し上げたい。また、保護者の方々のご賛同を得て、ほぼ全生徒が志望通りに受験することになったことで一安心もしたが、いよいよこれからだという思いをいっそう強くした。受験の季節はもう始まっている。

 仙谷官房長官は、東大生の時代に、当時の新左翼集団「フロント」のメンバーとして東大闘争や反戦闘争に関わったと聞く。当時(1960年代後半から70年代初め)は、日米安保と沖縄返還を巡って国内が騒然とした時代であった。ベトナム戦争の最中、沖縄の米軍基地からは、北ベトナムへ爆撃のため連日のように米軍機が飛び立っていた。核兵器の存在も当然視された沖縄、ベトナム戦争の中核拠点でもある沖縄がそのままの状態で日本に返還されることに対して、仙谷さんらは当然反対運動を続けた。

 それから40年近い歳月が流れ、仙谷さんは官房長官となった。そして、12月13日の記者会見で「沖縄の方々もそういう観点から、誠に申し訳ないが、こういうこと(基地負担)について甘受していただく」と言い放った。米軍普天間飛行場を名護市辺野古に移設する日米合意を押し進めるという「闘争宣言」であった。

 若い頃の言動と今のそれとの違いをあげつらうつもりはない。「いつお前は断りもなく”反安保”、”反日米同盟”から転向したのだ。」などと迫るのはなおさらだ。「君子豹変す」ともいうではないか。まして、40年も前のことではないか。もっとも、この無節操ぶりに対して彼の人間性は大いに問われるだろうが。

 だが、仙谷さんがどうあれ、40年前に実現した「アメリカの核戦略に従属した」沖縄返還の本質は変わることなく、否、中国、北朝鮮との軍事的、政治的緊張を背景に、沖縄にとってさらに過酷な状態が続くのは自明だ。にもかかわらず、かつての「進歩的」知識人、ジャーナリストがなし崩し的に日米同盟支持派に転向し、民主党の「やり方のまずさ」を指摘しつつ、日米同盟を積極的に後押しする現実は噴飯ものだが、その彼等が同じ穴のムジナの仙谷官房長官を批判するのは滑稽以外の何ものでもない。政党も、マスコミも、「知識人」も先を競うように日米同盟を唱える現状で、どうして沖縄の基地問題の解決がありえようか!

 我らにとって必要なのは、基地を海外に移す、移さない、沖縄県外に移す、移さないに収れんさせるのではなく、戦争の現実的な危機すら漂い始めた今、日米安保=日米同盟の是非、そしてあの40年前の沖縄返還の問題が何であったのかを、各自が真剣に考えることではないだろうか。

<追記>仙谷官房長官が「基地負担を沖縄は甘受すべき」という発言を撤回するそうだ。この変節漢の発言に振り回されることは癪だが、三流の政府を抱える国民は実に不幸だ。

雪虫飛んで、やはり雪
2010/11/19

 今年も、雪虫が飛んで初雪の降る頃を予測し、事実函館でも僅かであるが何度か雪が降った。本州に住んでいた頃は雪虫など見たこともなく、まして「初雪の予報官」であるなど知る由もなかったが、秋から冬の境目に飛ぶ雪虫の話題に加わることが「北海道人」として楽しみになっている。今年も初めて雪虫が飛んだ日から2週間ほどたった頃、函館は初雪が降った。

 雪虫は、アブラムシの仲間で、正式にはトドノネオオワタムシと言う。トドノネとはトドマツの根のことで、ここに雌の子虫を産卵し、育った成虫が「綿」をつけて雪虫になる。そして、トドマツの木からヤチダモの木に移り子虫を生むのだが、この移動の様子がかすかに舞う雪に似ていることから雪虫というのだ。我々が見る雪虫はすべてメスだ。寿命はたった1週間。淡い雪が直ぐ溶けてしまうのに似ている。今年の雪はどうだろう。大雪になるのだろうか。そこまでは雪虫は答えてくれない。

 先日、出入りの業者の方が、憤慨しながらこう言うのだ。
「今しがた、出先でたまたま国会中継を見ていましたが、まるで子供の喧嘩ですね。言った、言わない、謝れ、謝らない、辞めろ、辞めないばっかりで、あの人たちって、円高とか、不況とか関係ないんですかね。呆れましたよ。」

 来春大学卒業する学生の就職状況は悲惨を極めている。理系と国立大女子が特に落ち込んでいるのだという。就職のめどが立ったのは半分を少し超えた程度だ。最高学府で学んだ学生の半数近くを路頭に迷わせるような国家が健全であるはずはない。小学生以下と言われるほど次元の低い国会討論からいったい何が生まれるのだろうか。

偉大なり、白鵬は
2010/11/16

 白鵬について書かねばならない。双葉山の69連勝を越えることは出来なかった。白鵬に勝てるとすれば稀勢の里かと思っていたが、その通りになったのは誠に残念なことだ。70連勝を阻止された双葉山はその後3連敗したという。大仕事の後の脱力感と戦い、白鵬には今日から新たに69連勝を目指して欲しい。酷な望みと知りながら。

 その白鵬に対して、双葉山を「角聖」としてとどめておきたいという狭い根性の持ち主がいて、負けて良かった思っているらしい。白鵬がモンゴル出身だからというのが本音らしいと聞いては呆れるよりは怒りが先に立つ。日本人以上に日本の伝統や精神を重んじ、双葉山を尊敬し研究を怠らない白鵬に何の不足があろう。白鵬よ、遠慮無く双葉山を越えよ!

 ところで、組織のリーダーに必要なものは何だろうか? 恐らく組織の代表者としての堂々さ、ひいては胆力ではないだろうか。
 先の日中、日露、日米首脳会談の冒頭部分の様子をテレビで見て、心からがっかりしてしまった。我が国宰相のえへらえへらした様子はどうだ。また、両国首脳が握手する際にオバマもメドベージェフも胡錦濤も相手の顔をまっすぐ見て手を差し伸べるのに対して、我がえへらへら宰相は視線を斜め下に外しながら握手に臨むのだった。とりわけ日中首脳会談においては、厳しさをたたえた胡錦濤の堂々とした様子が余計目立ってしまった。
 薄笑いの後、メモを取り出し、ありきたりの挨拶をメモを二者会談で読み上げるほど惨めな宰相を、いったいいつまでリーダーとしてこの先戴かねばならないのだろうか。

ゆめぴりか販売を前に
2010/10/13

 朝晩めっきり寒くなってきた。教室で授業する時には依然半袖シャツだが、そのまま外出するのは少し気が引ける。冬装束のお年寄りも目立ち始めたからである。仕様がないからスーツの上着を携えることにしている。長袖に替わる頃、函館も秋が深まり冬の声が少し聞こえ始める。

 昨年発売されてから、すっかり北海道産米の「ゆめぴりか」のファンになった。若干小粒なものの、おいしい米の条件である適度な粘りと甘みが感じられる。故郷秋田の米からすっかり離れてしまっている。ニセコ近くの蘭越まで買い付けに出かけるほどだ。
 その「ゆめぴりか」だが、どうも今年はゆめぴりか「もどき」を押しつけられそうだ。それというのも、うまさの基準であるタンパク質含有量を6.8%以下に定めた「ゆめぴりか」だったが、今年は7.9%以下でかまわないと大幅緩和したからだ。セルロース値が低く粘りけは十分だし、食味試験でも6.8%未満と比べても遜色ないとホクレンが判断したからだという。これで、冷夏の影響で品不足に泣いた昨年に比べて14倍の「ゆめぴりか」が出荷できるという。あきれた話である。

 おいしい米とブランド米は違う。もし、7.9%基準でも大丈夫なら、ゆめぴりかではなく別ブランドにすべきだろう。「こしひかり」を超えるブランドを作るなら、絶対に基準をゆるめてはいけない。産地が、「おいしさが変わらない」ことを理由に基準を変更した瞬間にそのブランドへの信頼は消える。昨年とは違って猛暑のため6.8%未満を満たす「ゆめぴりか」が少ないことが背景にあるという。いいではないか。ブランドは希少価値でもある。堂々と高値で売り出せばいい。日本一の高級米=「ゆめぴりか」が定着する時、7.9%基準米も、それよりは安価でかつうまさでは引けを取らない米として人気を得るだろう。ホクレンおよび「ゆめぴりか」関係者に言いたい。今は大変かもしれないが、ゆめぴりかブランドを守り、確立することから新潟県を凌ぐ日本最大、最良の米産地・北海道が生まれるのだということを。

 かく思いつつ、10月15日以降の「ゆめぴりか」をはじめとする道産米の販売を心待ちにしている。

ノーベル賞が北大から
2010/10/07

 母校北大工学部の鈴木彰先生がノーベル化学賞を受賞することになった。自分は、ただただ末席を汚していた身であり、高邁な理論に触れたかどうかも定かではないが、心から祝福したい。同時に化学賞を受賞する根岸英一氏が、厳しい日本の受験競争を「若者の訓練に貢献する」と評価したそうだが、受験屋としては大いに頷けるところだ。

 さて、プロ野球パリーグは日本ハムが4位に終わり、ポストシーズン(CSと日本シリーズ)進出はならなかった。あまりにもシーズン最初の借金が多すぎて、やっと返済した時にシーズンが終わったというところだ。前半芳しくなかったエースのダルビッシュ、リリーフの武田久がもう少しきちんと投げていたら、など例によって「れば、たら」は尽きないが、最後まで期待させてくれ楽しませてくれたこのチームには感謝だ。ダルビッシュと建山が大リーグに挑戦することが決まり、来シーズンへの不安材料は多いが、来年も楽しませてもらおうと思ったいる。

 寒くなった。教室では先月後半までエアコンが入っていたのに、今度は朝晩暖房が必要になってきた。北海道は、短い秋の後、一気に冬になる。

尖閣諸島の問題について
2010/09/29

 白鵬の連続4場所全勝優勝は実に見事だった。連勝記録も62まで伸び、角聖・双葉山の69連勝が視界に入ってきた。来場所が期待される。

 尖閣諸島での中国漁船の衝突で逮捕された中国人船長の釈放を含む日本政府の対応の是非を巡り、基本的には批判の声が高まっている。曰く、「弱腰だ」、「稚拙だ」、「楽観的すぎる」。海外メディアも一斉に対中国での日本の「敗北」を報道し、日本国内での政府批判を後押しした。政府が「船長の釈放は検察の判断であり、わしゃ知らん」と他人事のような態度を取っていることがさらなる批判を招いている。

 報道だけを見れば、確かに政府の対応は稚拙ではあったろう。もう少し強気に出た方が良かった感もあるだろう。しかし、多分、今の日本にあれ以上のことは出来ないだろう。この問題で散々現政権を批判している旧政権側が当事者であったとしても、基本的には違いがなかったろう。
 それは、領土問題や自国の危機に際し、戦闘行為を辞さない覚悟で臨む中国政府並びに中国国民とは異なって、日本政府および日本国民にはそういう覚悟はないからである。こぶしを振り上げた「ジャイアン」の前では、とりあえず「のび太」はすくむしかない。「強気」の先にあるかもしれない外交的・軍事的な緊張に誰も堪えられないだろう。
 また、尖閣諸島は「日米安保」適用の範囲内だと強調して、訪米中の首相、外相を喜ばせたアメリカ政府は、その言葉とは裏腹に、この問題で日本のために動く気配も見せず、逆に日本に中国への「弱腰」を強いた感もあって、正直日本政府はどうすることも出来なかったのだと思う。

 沖縄の辺野古移転問題でも、政府の無策・無展望が問題となり、内閣が倒れる原因のひとつにもなった。しかし、誰が政権を担当してもアメリカに翻意させることは出来ないだろう。この基地問題の解決には、気の遠くなるようなおびただしいカネを負担することを条件に、アメリカに基地政策、軍事戦略を転換してもらうか、あるいは、日米安保条約=日米同盟を破棄するかのいずれかだと思う。しかし、そのどちらも現状では非現実的である。この問題についても、政府・国民ともに覚悟がないからである。

 即時的な賛成、反対、憤慨はともあれ、政府以上にわれら「国民」が腹を括って臨まねばならない時が来つつあるように思われてならない。

おめでとう、白鵬関
2010/09/19

 9月になって、朝晩だけだがようやく秋が感じられるようになった。日中はまだまだ気温が高く、教室のエアコンのお世話になりっぱなしだ。函館だけではないとはいえ、長くとてつもなく暑い夏だった。

 悪いことばかりが続いた大相撲。久しぶりの快挙だ。横綱白鵬の54連勝はまさに偉業だ。大相撲ファンの一人として、心から祝福し、敬意を表したい。
 自分は「巨人、大鵬、卵焼き」世代なので、当然にも偉大な横綱・大鵬の熱烈なファンではあったが、寄り切りだけが目立ち、決まり手に「投げ」がないことだけが不満だった。 北の湖も強かったが、どうも可愛げがなく、なかなか好きになれなかった。「ほんとうの相撲ファンなら北の湖を評価すべきだ」という友人といつも言い争いをしていた。
 53連勝のウルフ・千代の富士の強さは際だっていたし、鍛えられた筋肉質の身体と抜群の運動神経が生み出す「投げ」も見事だった。しかし、どこかに無理が感じられ、大鵬に見られた安心感のなさが気になっていた。もっともそれが千代の富士の魅力の一つではあったのだが。
 貴乃花は自分が大鵬以来最も夢中になれた力士だった。「投げ」も「寄り」も自然で美しく、強さの他「品の良さ」も感じられた。しかし、一種の「相撲馬鹿」で、兄、母との反目、私生活のスキャンダルが晩節を汚したのは残念なことだった。
 辞めた朝青龍はとにかく強さが際だっていた。土俵内外での「品格のなさ」が批判されはしたが、古典的大相撲ではなくプロ・スポーツとしての「スモウ」の初代チャンピオンとして認定できると思う。現代スポーツの構成条件である「速さ」を体現できたし、エンターテナーとしてもゴシップ・メーカーとしても一流だった。早すぎる引退が残念だ。

 そして、白鵬。強さは勿論、柔軟さ、美しさ、上品さを兼ね備えた、おそらく大鵬以来の欠点が感じられない横綱だ。白鵬の成功は、二つの意味で注目に値する。一つは、モンゴルを中心とした外国出身力士抜きには日本の大相撲は存続し得ないこと。二つ目は、白鵬のこの偉業が、大相撲最後の偉業となるかもしれないことを予感させられることだ。白鵬は今日から双葉山の69連勝を目指すことになるが、今回は千代の富士の記録を抜くだけにして、改めて69連勝越えを達成して欲しい願いがどこかにある。白鵬以外に夢を託せない気がして、少しでも先延ばししたい気がして。

<追記>
大関・琴光喜の解雇処分は誤りだ。
前理事長はじめ協会幹部は軽い処分をちらつかせ、琴光喜に「白状」させた訳だから一種の「司法取引」的なものがあったと見ていい。それに琴光喜は恐喝された被害者でもある。いったん十両または幕下に落とした上で再起させるべきだ。彼を「生け贄」にして、協会が「無傷で」生き残るのは許されない。

暑さの中で
2010/08/10

 最高気温が30度を超える日が4日続いた。3年ぶりだそうだ。そう聞いても3年前の暑さがどうだったか思い出せない。特に今年は湿気が多いこともあって、函館始まって以来の猛暑だと頭から信じ込んでしまっている。今日も日中は暑そうだ。

 先日、北海道にとってセンセーショナルなニュースが飛び込んできた。4月に実施された全国学力テストで、我が北海道の小学6年生は国語・算数の平均点数で沖縄県に抜かれ全国最下位に沈んだというのだ。中学3年生は全国第43位ということで、こちらは多少なりとも前回よりは改善されたという。近年北海道の地方都市の大学進学状況が芳しくないこととも関係していそうだ。この機会に、教育関係者、保護者、生徒だけでなく地域全体で危機を共有しながら,「低学力問題」の大論争を巻き起こすべきだろう。

 ところで、我が街・函館の未来は「優秀な頭脳をつくること」にかかっているという趣旨の発言をし、この「塾長日記」でも公開しているが、ありがたいことに他業種の方々からも賛同の声をいただいている。自分はただの受験屋ではあるが、頭脳作りをこつこつ手がけていきたいと思っている。

七宮参詣
2010/07/25

父が4月に亡くなったため、毎春恒例の青森県下の七宮参詣を控えていたが、49日と新盆(函館のお盆は7月)が明けるのを待って、昨24日に「合格祈願」の参詣をした。
 西暦792年、蝦夷鎮護の祈願所として創建され、坂上田村麻呂の伝説も残っている青森市・大星神社を始め北斗七星形に並ぶ青森県下七つの神社をお参りした。
 「あれ?塾長って無神論者でなかったんですか?」
 「とんでもない。受験生がいる限り合格祈願をするんだよ。唯一の例外。」

 写真は、左は七宮3番目の神社の猿賀神社境内に咲き誇る蓮の花、中央は5番目の岩木山神社で日光東照宮と同時期の創建、右は七宮最後の乳井神社だ。創建以来1200年という。

 さて、本日から夏期講習。函館にしては珍しいほどの暑さが続くが、集中力を切らさずに、最大限の成果を上げて欲しい。

(補足)青森県下の七宮

横内妙見宮(大星神社・青森市)、浪岡八幡宮(青森市)、猿賀深沙宮(猿賀神社・)、弘前熊野宮(熊野奥照神社・弘前市)、岩城山(岩木山神社・弘前市)、村市毘沙門天宮(鹿嶋神社・西目屋村)、乳井毘沙門天宮(乳井神社・弘前市)

坂上田村麻呂にゆかりのある七つの神社が北斗七星の形をなして配列されている。

バッシングから何が
2010/07/22

 函館は今日は30°になるかもしれない。7月からこんな暑さが続くのは珍しい。文字通りの「夏期」講習がもうすぐ始まる。特に受験生は暑さに負けずに頑張って欲しい。

 大相撲名古屋場所は、テレビで見る限りだがめっきり観戦のお客さんの数が減った。懸賞の幟は本数が少なくなって、結びの数番だけ肩身が狭そうにひっそりと土俵を回っている。大関魁皇が休場したこともあって、話題は白鵬の連勝記録以外に見いだせないほど活気のない名古屋場所となった。

 野球賭博問題がくすぶり続ける中、貴乃花親方の暴力団との会食疑惑、松ヶ根親方の暴力団からの相撲部屋借り疑惑が取りざたされた。あの貴乃花に限ってあり得ないのか、それともあの貴乃花さえもなのか、大相撲は崩壊の危機を迎えたと言って良い。

 暴力団との交際に賛成する者も、野球賭博に染まることをよしとする者も、大麻に手を出せと勧める者も誰一人いない。大相撲のファンならなおさらだ。しかし、事件関係力士や親方、疑惑の当事者をバッシングすることが大相撲の未来を保障するのだろうか。日本相撲協会の理事会が外部理事中心で構成されることがどれほどの意味を持つのだろうか。煽り立てるマスコミは、例によって大相撲の将来にはまったく関心がない。

 スポーツの前提は公開制、平等性だ。だが、大相撲はスポーツなのであろうか?それとも、歌舞伎や狂言と同じ伝統芸能なのだろうか?
 もし、我らが大相撲をスポーツだと見なせば、おそらく親方制度、部屋別総当たり制、横綱−大関などの階級制はすべて廃止であろう。考えられるのは、柔道のような国別、個人別対戦を前提にしたものか、野球、サッカーなどチーム別対抗に個人戦を加えたものになるのだろうか。「ワザアリ」、「ユウコウ」が生まれ、体重別対戦も考えられよう。少なくとも現在の大相撲のイメージは一掃され、大相撲からSUMOへの転換が始まるだろう。 しかし、本来スポーツでないものがスポーツとして公開制と平等性を持った時の行く着く先はどこだろうか。現在の柔道が、本来の「柔(やわら)」という日本古来の武道ではなく、スポーツであるJUDOに転換し、「一本」の魅力を喪失したようにはならないのだろうか。今大相撲をバッシングする人たちは、遠い先を考えているのだろうか。
 大相撲ブームであった栃若時代はラジオで、大鵬全盛時代はテレビで観戦したかなりの大相撲ファンである自分は、「スポーツとしての大相撲」など見たくない。丸裸で相撲に取り組む力士にこれ以上オープンになることは望まないし、横綱と序の口力士がタメ語で話す光景を平等だとは思わない。

 大麻を吸った、賭博をした、暴力団と付き合った、誰かを殴ったなどの違法があれば、通常の社会人と同様に処罰すればいい。やれ大相撲の体質がどうのこうのまでの過剰反応は「角を矯めて牛を殺す」ことにならないか。なんでもかんでも透明にして、清らかにして、さて何が残るのだろうか。
 稀代の名大関・琴光喜を永久追放するほど日本相撲協会は清らかなのだろうか、それをけしかけた我らには一点の曇りもないのだろうか。琴光喜の処罰は裁判に任せればよいのであって、まして彼は恐喝事件の被害者ではないか。もし、相撲道に照らしての処分が必要であるならば、貴乃花親方がいみじくも主張したように、十両まで降格させた上での出直しではなかったのか。ほとんどマスコミの情報と扇動による情け容赦ないバッシングと「一方向に流れる」世論の社会が果たして健全なのか、考えることが多くなった。

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